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付喪神 ~紙の神さまの反乱~ 中編

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                付喪神 ~紙の神さまの反乱~
                          =中編=

 大吉は跳び起きた。
(なんだ、いまのは。萬家のご先祖さま?  まさか……)
 ベットの上で飛び起きた大吉は、辺りを見渡した。ベッドの脇に置かれているサイドボードには高価な洋酒が並び、棚には西洋アンテックの置物が置かれている。二メートルはあるかと思われる水槽の中には大小様々な熱帯魚が飼われ、掃除がゆきとどいた床には、ペルシャの絨毯がひきつめられいる。エアコンにより室内の温度も一定に保たれているし、隣のベッドで妻の美佐子が、安らかな寝息をたてているのも、見慣れた光景だ。部屋はいつもと変わらない。
 いつもと違うのは大吉だけ、大吉だけが真夜中に飛び起き、汗をかいている。
(ご先祖さまだとしたら……、なぬゆえご先祖さまが枕元に立ったんだ……)
 大吉は髪をかきむしった。
 翌朝、大吉が出社すると萬重工業株式会社本社ビル全体が異様な雰囲気に包まれていた。
 妙に騒がしい……。騒然としている。地上七階建ての本社ビルは、行き交う人も多く、活気に溢れていていつも騒がしいのだが、その日は別種の騒がしさが、社内を闊歩していた。騒乱と言ってもいいかもしれない。
 事故か事件があったのだ。
 大吉はエレベータホールに立っていた数人の社員に訊ねた。
「どうした? なにかあったのかね」
「あっ、社長。おはようございます」
 数人の社員が慌てて挨拶を返した。
「挨拶はいいから。何があった?」
「それが……。その~う、トイレというトイレからトイレットペーパーが無くなっていて……」
「はっ!? トイレからトイレットペーパーが無くなっていただと。そんなことで……」
 トイレからトイレットペーパーがなくなっただけで慌てている。出入りしている業者が忘れただけだろう。補充すればいいことだけの話ではないのか。
 大吉は無性に腹が立った。
「トイレットペーパーがなくなっているということが、そんなに重要なことなのかね。たかがトイレットペーパーが無くなっていたことぐらいで、我が社の社員さまは、おろおろと狼狽えるというのかね。みっともない」
「……しかし社長、七階ビルの中にあるすべてのトイレから、トイレットぺーパーが無くなっているんですよ。おかしいじゃあありませんか」
「すべてのトイレからじゃと」
 トイレは、各階に二つずつ備え付けられてある。六畳ほどの広さのトイレである。
「いま管理会社に、確認をお願いしていますが、なにぶん数が多いもんで……」
「確認させなくても良い! 誰かの悪戯だろうが。悪戯にしては手がこんでいるが、別に大げさに騒ぐことでもないだろう」
「しかし……」
「しかしもへったくれもない。朝から大騒ぎしやがって……」
 大吉は顔をしかめると、エレベーターに乗り込んでいった。
 犯人は確定できなかったようだが、トイレというトイレから、トイレットペーパーを盗むというトイレットペーパー紛失事件は、その後、収まったらしい。通常の業務に戻りましたという連絡を受けた大吉は、社長室で、何事もなかったように執務をとっていた。
 十時十分頃。社長室。デスクの上のインターホーンが社長を呼び出した。
「社長、至急相談したいことがあります」
 インターホーンから専務の日下田の声が聞こえた。
「なにかね? 相談したいっていうことは」
 大吉は、オヤっと目を開いた。日下田が、こんな時間に大吉を呼び出すことは滅多にない。常日頃、部下の指導に忙殺されている日下田は、仕事が終わるころ、大吉にコンタクトをとる。
「それが……。昨日、私の所にまわってきた稟議書が今朝になって……」
 まわってきたすべての稟議書が、表紙の一枚だけ残して、エロ漫画になっていたという。
「はっ? もう一回言ってみろ」
「稟議書がエロ漫画になっているんです」
 日下田の声が泣き声になっていた。
「馬鹿なことを言うな。稟議書が一夜にしてエロ漫画になるわけないだろう」
「いぇ……。本当なんです。ギタギタのエロ漫画が……。ギタギタのエロ漫画が……。ギタギタでぐしょぐしょのエロ漫画が……ここにあるー」
 日下田は混乱している。混乱というより惑乱している。日下田のいうエロ漫画が相当ひどいものなのか、それとも……
「ギタギタのエロ漫画がどうしたって! ちっ、いま、そっちに行くから待ってろ」
 大吉は、皮張りの高級椅子から立ち上がった。ハイバック肘付きを手で乱暴に叩いて社長室を後にする。
 廊下に出てみると、なんだか会社の中が騒がしい。
「どうした? なに慌てている」
 大吉は、顔を青くしてエレベーターの中から出て来た社員に声をかけた。
「社長!!」
 社員はいきなり社長に声をかけられて驚いているようだった。
「いいたまえ、なにがあった?」
「それが……。会議に使われる資料が全部……」
「全部……。なんだ?」
 まさか、全部エロ漫画になってましたとは言わないだろう。
「全部、卑猥なピンナップになってまして……」
「卑猥なピンナップになっていただと」
 エロ漫画ではないが、資料がすべてレズとかゲイだとかSMだとかのピンナップになっていたという。
「誰だ! そんなしょうもない悪戯をするのは」
 大吉は、思わず叫んでいた。
 朝から、とんでもないことばかり起こっている。トイレの中からトイレットペーパーがすべて消えていたり、専務の所にまわってきた稟議書がエロ漫画になっていたり、会議で使う資料がエログロのピンナップになっていたというのだ。
 悪戯にしては酷すぎるー。
 大吉は犯人を見つけ出したら、ギタギタにして、へのこを引き抜いて喉に詰めてやーるーと息巻いた。
「……やられましたな。紙の神さまに」
 廊下に人影が映った。
「なんだ? おまえ」
 見ると、鼠色の着物に袈裟を着込み、首からげ箱と呼ばれる木箱をかけ、天蓋と呼ばれる深編笠を被った虚無僧の姿がそこにあった。
「わしは、ただの通りがかりの僧ですよ。このビルから異様な気が出ていたから、よって見ただけのこと。社長、昨日あなたの元に紫の紐で結ばれている金箔の巻物が届けられましたでしょう」
「巻物? 届けられたが……。なぜ、それを知っている?」
「ある筋から、その巻物の行方を頼まれましてな。……それで、届けられた巻物をどうしたんです?」
「秘書が処分したようだが……」
「どう処分したんです。あの巻物は扱いようによっては大変危険なモノになるということを知らなかったんですか?」
「大変危険なモノになるとは?」
 大吉は、あの巻物が危険なモノになるとは思いもよらなかった。あれは、外見は金箔に覆われて立派だが、ただの古い巻物に過ぎやしない。あの巻物になんの力があるのだろう……。
「祟るんですよ」
 虚無僧はぼそりと言った。
「祟る! 祟るだと!?」
「ええっ、あの巻物には付喪神さまというモノが付いているのです。付喪神さまはやっかいな神さまですよ。大切にするとご利益があるが、粗末にするとたちまち祟られる」
「付喪神……。祟られる? あっ!」
 大吉は昨日夢で見た、ご先祖さまを思い出した。
(ご先祖さまは、言っていた。おまえはなんていうことをしたのだと!)
 大吉の顔が青くなった。
「どうした? 青い顔をして。心あたりがあるのか。心あたりがあるなら早く手をうっていたほうがよいぞ。手遅れにならぬうちに」
「手遅れになると、どうなる?」
「取り返しがつかないことになる。たとえば、おまえさんの財布の中身じゃ。おまえさんの財布の中身、何が入っている?」
「お金が、入っているに決まっている」
「はたして、そうかな?」
「はたしてそうかなとはなんだ。お金以外、何が入っているというのだ」
「お金以外のモノがはいっているとしたら……」
「なぬ?」
 大吉は不安になってきたので、懐から財布を取り出し、中を調べてみた。
「な、なんだこれは!」
 財布の中のお札が、仮面ライダー・カードになっている。金属でできた硬貨はそのままだったが、紙のお札がすべて仮面ライダー・カードになっていたのだった。
「げげっー!」
 大吉は思わず、仮面ライダー・カードを財布から取り出して、辺り一面に仮面ライダー・カードをぶちまいてしまった。
「やはり、お札が別なモノになっていたか。あれには紙の神さまが憑いているのでな。身近な紙から祟りをなしてゆく。おまえさん、おまえさんの財布の中だけに祟るならまだいいが、会社の……、萬重工業株式会社の株券が、もし別なモノに変えられてしまったら……」
 そんなことになってしまったら、大変なことになる。
「南山~ 南山はいるかー」
 取り乱した大吉は、秘書の名を呼んでいた。
「いるんなら返事をせんかい!」
 南山が秘書室から血相を変えた顔つきで出て来た。
「社長、お呼びですか?」
「南山、どうした、その顔色。なにかあったか?」
「社長が、大きな声で呼ぶもんですから……。私が、なにか失敗したかと思って……」
「違う! おまえは何もヘマしとらん」
「あっー 良かった」
 南山は胸を撫で下ろした。
「あっー 良かったじゃあない! 南山、直ぐ人をやって、会社の株券がどうなっているか調べろ。それと、昨日君に任せた巻物は、どう処分した。まさか裁断機にかけたんじゃあないだろうな」
「あの巻物ですか?」
「そうだ、あの巻物だ」
「あの巻物でしたなら、昨日の午後、佐々木さんが引き取りに来て、お屋敷に持ちかえったようですけれど……」
「佐々木が持ち帰ったのか」
「はい……」
 南山は目を下に落して言った。
 巻物の処分に困っていた南山は、萬家の執事である佐々木に電話をかけ、巻物の処分を佐々木に押しつけたのだった。
「佐々木が家に持ち帰っていたか……。南山、直ぐ表に車を用意しろ」
「社長、どちらへ?」
「決まっているじゃあないか。家に行くんだよ」


 萬家は目黒区の高級住宅街の中にある。
 萬家の一室。執事のために用意された部屋の中で、佐々木は、悠久寺からこっそりと盗んできた金印を手にとって眺めていた。
 漢委奴国王の金印のつまみには、蛇が身をよじり、見返るような格好のデザインが施されているが、この金印には、龍が身をひるがえして、金印を使うものを威嚇しているようなデザインが施されている。大きさも二寸ほどあって、漢委奴国王の金印のほぼ倍の大きさである。
(美しい……。さすがは卑弥呼の金印だ。見れば見るほど美しい。志賀島で発見された漢委奴国王の金印に勝るとも劣らぬ)
 佐々木は、愛でるように金印を撫でた。
(あと、二十三年……。あと二十三年経てば、空海入滅千二百年の年が訪れる。その時こそ、わしは誰にも遠慮することなく、金印と大和国風土記を世間に発表できるのだ)
 萬家と悠久寺は昔から、深く結びついている。それゆえ今は自重しなければならない。
 悠久寺の住職、三島の戒めを無視して、金印と大和国風土記を世間に発表しても良いのだが、もし、それが裏目に出て、萬家から追い出されるような破目になったら、お終いである。現在五十五歳の佐々木には再就職のあてはない。
(あと二十三年……。楽しみだ)
 佐々木は、親魏倭王と刻まれた金印を、ニタニタ笑って見つめた。
 佐々木のポケットの中の携帯電話が、ブルブルと震えている。ポケットから携帯電話を取りす。着信欄を見る。萬家の当主、萬大吉からの電話であった。佐々木は携帯を耳にあてた。
「佐々木くん、秘宝だよ。秘宝。萬家の秘宝をどうした?」
 いきなり、大吉のドラ声が携帯から聞こえた。
「君が会社に持ってきた巻物。あれ、どうした? 君がまた持ち帰ったと聞いたが、そこにあるのか?」
「秘宝ですか……」
「そう秘宝だ」
「うちの甥が欲しいと言っていたもんで、甥にくれてやりましたけれども」
「甥にくれてやったたど! かりにも萬家の秘宝を甥にくれてやったたど」
「だって、あれ捨てようとしたんでしょう」
「捨てようとしていたんじゃあない。処分しろって言ったんだ。……で、その甥というのは?」
「今年五才になる男の子です。昨日たまたま遊びに来ていたんですが……。もう、やんちゃでやんちゃで……」
「五才になる男の子……」
 大吉の顔色がみるみる青くなってゆく。
「社長、どうしたんですか? 社長」
 佐々木は、声が途切れた携帯に向かって話し続けた。


                =後編に続く=
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