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付喪神 ~紙の神さまの反乱~ 後編

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                 付喪神 ~紙の神さまの反乱~
                        =後編=

 大吉は、ロールス・ロイス社のゴーストという車に乗っていた。車の中には萬ビルで、大吉に忠告した虚無僧も乗っている。二人は萬家のお抱え運転手とともに、萬家のお屋敷に向かっているのである。
「坊主、どうすればいい。どうすればこの危機を回避できる?」
 大吉が訊いた。
「お屋敷で何かありましたかな?」
「何かがあったんじゃない。これからだ。これから酷いことが起きるかもしれないんだ」
「これから? 酷いことが?」
 酷いこと、わけのわからないことはすでに起きている。萬ビルのすべてのトイレから、トイレットペーパーが消え失せていたり、専務の手に渡った稟議書がエロ雑誌になったりしているのだ。
「祟られるんですかいな。また……」
 虚無僧が、唸るように言った。
「そうだ。まだまだ祟りは続く」
「なにゆえ、まだ祟ると?」
「巻物が五才の男の子の手に渡ってしまったんだよ。腕白盛りの男の子の手に……。ろくでもないことが起こるに決まっているじゃあないかー」
「巻物が……、5才の男の子の手の中にあると申すか。なんで、そんなことになっているんじゃ!?」
「知るか!」
 大吉は、頭を抱えた。
 会社にとんでもない悪戯騒ぎが起きているのは、五才の男の子が巻物をおろそかにしているせいであろう。おろそかにしているうちはまだいいが、破いたり、破損させたりでもしたら……。
「わあっー」
 大吉は、思わず叫んでいた。
「社長、どうしたんですか? 社長。返事をしてくださいよ」
 大吉の携帯が騒がしい。執事の佐々木が、携帯の向こう側で叫んでいるのだ。
 大吉は、再び携帯を口元に持っていった。
「佐々木くん。甥はいまどうしている? まだ、屋敷にいるのかね」
「昨日のうちに、私の妹が来て、連れて帰りましたが……」
「連れて帰っただと! すぐ呼べ。あの巻物を屋敷まで持ってこさせろ」
「巻物が……、あの巻物が、そんなに大事な物だったんですか……」
「大事な物に決まっているだろう。この馬鹿者!」
 考えてみれば、もっともな話である。巻物は萬家の秘宝として長い間、悠久寺の宝物庫な中で大切に保管されてきた。決していいかげんな扱いをしてはならぬモノ。それを、五歳の子供の手に渡しただなんて……。
 大吉は、ロールス・ロイス社のゴーストを飛ばし続けた。
 一時間ほど道路を飛ばしに、飛ばして、ロールスロイス社のゴーストが、萬家に着いた。
 高級住宅街に居を構える萬家は、静まり返っている。屋敷の中で何かが起こっている気配はない。が、安心はできない。
 萬家に着いた大吉と虚無僧は、車の中から飛び出した。
「坊主、おまえ誰に頼まれた? 最初からこうなると思っていたのだろう」
 大吉が言った。
「誰に頼まれてわしに近づいた。言え!」
 大吉は不審に思っていた。坊主は「萬ビルになにやら得体のしれない邪気がこもっている。わしはその邪気に導かれて来た」と、言っているが、そんな話、嘘に決まっている。
「……社長、わしをお忘れかな?」
 虚無僧が、被っていた深網笠を脱ぐと、そこに大吉のよく知る顔が現れた。
「おまえは! 悠久寺の……」
「さよう、悠久寺の住職。もっとも今は弟の順慶に寺を任せ、流浪の旅に出ている身じゃがな」
 虚無僧は悠久寺の前住職、三島順慶の兄、三島光徳という僧だった。
「光徳。久しぶりだな。順慶に頼まれたんだな。順慶は、なんと言っていた? 何か言っていたであろう」
「三百年前と同じようなことにならなければいいのだがと、言っておった」
「三百年前と同じようなこと?」
「そうじゃ……」
 光徳は、三百年前あったことを語り始めた。
 三百年前。近郷の商人としては異例の大成功を収めていた萬家の当主は、大吉と同じように悠久寺の宝物庫に大切に保管されているという萬家の秘宝のことが気になっていた。
 我慢できない性分だったんであろう。よせばいいのに宝物庫を無理やり開けて、巻物を手にとって見たのであった。
 手に取ってみたが、これがなぜ秘宝と呼ばれているものかわからぬ。巻物は、和紙の製造方法が書いてあるだけの、何の変哲もないモノなのである。
 落胆した萬家の当主は、宝物庫から持ち出した巻物を、萬家に年季奉公しているちょっと足りない丁稚さんに、預けたのだったが……。
 それが、巻物に憑いている付喪神の反感をかった。
 萬家から紙という紙が消え失せ、たちまち商売が思うようにならなくなり、萬家は困窮の途についたのである。
「困窮した? なぜ、そんなことに? 丁稚は巻物をどうしたというのだ」
「それが……。こともあろうに便所紙に」
「巻物を便所紙にしたというのか」
「ええっ……」
 いくら心の広い神さまとて、便所紙にされたら怒るであろう。
「それで、どうなった? 便所紙にされたままだったのか?」
「巻物はのう~ 」
 巻物は便所紙にされたが、使われる直前、事に気づいた女将さんの気転で、大事には至らなかった。萬家の当主は、便所から巻物を回収すると、金箔を張り、神棚に飾って祀り、「神さま、勘弁してください。毎日毎日、お神酒をあげ、拝みますから、どうぞ勘弁してください!」
 と、平身低頭して付喪神に謝ったのであった。
 その日から数えて七日目の夜。付喪神でいらっしゃる紙の神さまが、当主の枕元に立った。
[おまえの気持ちは、よーうわかった。今回だけは特別に許してやるから、よきにはからえ。ええっな。……ただな、おまえさん家の神棚にあげてもらって祀ってもらうのは、ちーっとまずい。本家本元の神さま連中が、たかが付喪神の分際で偉そうに~と、やっかむでの~う。それでの~う、ものは相談だが、前の場所……。宝物庫のあの場所に戻してくれんかのう。やはり、あの場所が落ちつくでの~う]
 付喪神は、そう言うと、霧のように消えた。
「宝物庫か……。元の場所に戻せばいいんだな。元の場所に戻せばこれ以上の祟りはないんだな」
 大吉が、祈るような気持ちで言った。
「そう願いたいが……」
 当時の萬家の当主は、巻物に金泊を張り、七日間毎日お神酒をあげて拝み、やっと許してもらった。が、巻物はすでに金箔で飾り立てられている。
「とにかく急ごう」
 大吉と光徳は屋敷に向かった。
 屋敷の玄関前で、執事の佐々木と一緒に佐々木の妹と妹の五才になる息子が待っていた。
「社長ー 申し訳ありません~ なんとお詫びを申し上げたならいいのやら」
 佐々木が頭を下げた。
「挨拶はいい。巻物は? 巻物は持ってきているんだろうな」
「ええっ、ここに……」 
 大吉は佐々木の手から、巻物を奪った。
「よかったー 無事だったー」
 大吉が巻物を抱きしめる。
「社長、中を確かめて見るのじゃ」
 光徳が言った。
 大吉は、巻物を広げて見た。
「なんじゃいー こりゃあ~」
 巻物の中、一面に落書きが書いてあった。破損はないが、赤マジックやら青マジックで落書きが描かれ、色鉛筆で色まで塗られているのであった。
「終わりじゃあ~ これで萬家も終わりじゃあ~」
 大吉は、膝をがくがくさせて尻餅をついた。傍にいた光徳が、大吉の手から巻物をとってみる。
「う~む。なかなか、面白い絵だのう」
 大吉が絶望感に苛まれているのに、そんなことを言っている。
「どれ、どれっ」
 佐々木も光徳につられて、巻物を覗き込んだ。
「ほう、これはお馬さんの絵かい?」
 佐々木が、甥に尋ねた。
「うん、お馬さんとウサギさんの絵だよ」
 甥が得意そうに応えた。
「上手に描いているな~ 」
 佐々木が、そう言い、
「ほんと、うまいものじゃて」
 と、光徳が佐々木の甥を持ち上げると、佐々木の甥がこぼれるような笑顔を作った。佐々木の妹も、お日さまのように微笑んでいる。佐々木と光徳もそれにつられて笑顔を作った。
 まるで絵に描いたような平和な日常の一こまである。
 大吉は頭に来た。
「なな、な、な、何だ、おまえら!そこで団らんしている場合じゃあないだろう」
 大吉は、吠えた。吠えずにはいられない。
「いいか佐々木、よく訊け! この巻物の祟りで、現在萬家は最大の危機に陥っているんだ。おまえが甥に巻物を渡したばっかりに……、萬家は……萬重工業株式会社は破滅するかも知れないんだぞ」
「破滅? またなんで?」
「祟るんだよ。この巻物は呪いをかけるんだ」
「えっ! この巻物は祟るんですか?」
 佐々木は、まさか巻物が萬家に祟るとは思ってもみなかった。
「社長……。祟るんですか?」
「祟る……」
 大吉の代わりに、光徳が答えた。
「すでに巻物は穢され、紙の神さまはお怒りのようである」
「紙の神さま……。この巻物は紙の神さまだったんですか? こんなモノが……」
 佐々木には、まだことに次第が呑み込めていないらしい。しきりに首を傾げている。
「長い年月を経たモノには付喪神という神さまが宿る場合がある。あの巻物には紙の神さまという付喪神がついておったのだ。その神さまの依代に、事もあろうに落書きをしてしもうた……」
 光徳は懐から数珠を取り出して、拝み始めた。
「なに? なんで拝んでいるの」
 佐々木は、まだ理解していない。見かねた光徳が、萬ビルであった事件を詳しく教えてやった。トイレットペーパーがひとつ残らずなくなっていた事件や、稟議書が、エロ雑誌に変わっていた事件を。
「えええーっ、そんなことがあったんですか。じゃあさっきの電話の話は本当だったんですか」
「さっきの電話って? なんだ、なにがあったのだ」
 大吉が興奮して、佐々木の胸ぐらを掴んだ。
「……さっき秘書の南山さんから、社長に伝えてくれという電話がありまして、社内の金庫に保有してあった自社の株券が……」
「我が社の株券が、どうなったというのだ」
「一枚残らず、ピンクサロンの案内状になっていたとか……。私は、てっきりからかわれていると思っていたんですが……」
「我が社の株券がピンクサロンの案内状になっていただと!」
 大吉は卒倒した。
「社長、社長ー しっかりしてください。社長―ー」
 佐々木は、倒れた大吉にかけより大吉を介抱した。光徳は数珠を握りしめなおした。佐々木の妹とその息子は、ただ茫然としている。
「どうにかならないのか。坊さん、どうにかならないものなのか?」
 佐々木が光徳に訊いた。
「わからん、なにぶん古い神さまのことゆえ、いくらわしでもにも、どう対処していいのかわからぬのじゃ」
「そんなこと言わずに、なんとかしてくれっー 萬重工業株式会社が潰れてしまったら、私は路頭に迷う身になってしまう……。そんなことになったら、そんなことになったら……。私はもうおしまいじゃ。お願いだーなんとかしてくれっー‐」
 金印や大和国風土記発見の発表を前に、会社が潰れてしまっては元も子もない。浮浪者になってしまった佐々木が、世紀の大発見だ、歴史を揺るがすスクープだと騒いでも、誰も相手にしないだろう。萬家の一員というステータスが後ろにあってこそ、世紀の大発見は真実味を帯びるのだ。
 その時、一台の車が萬家の屋敷に着いた。車から一人の僧が下りて来る。
「兄者」
 車から出てきた僧は、順慶だった。
「おおっ順慶、よいところへ来た」
「よいところへ来たとは?」
「実はな……」
 光徳は事の次第を事細かに話した。
「やはり、そんなことになっていたか。金印までなくなっていたので、もしやと思って飛んできたのだが、そんなことになっていたか………。だが安心しろ、兄者。わしはあの巻物のことを徹底的に調べあげたぞ」
「徹底的に調べあげたとは?」
「徹底的にじゃ。なにもかも徹底的にだ」
「なにゆえ? なにゆえ調べなおしたのじゃ?」
「……兄者。そもそもおかしいと思わなかったか? なぜ、萬家のご先祖は、お家の隆盛を握る秘宝を宝物庫なるところに押し込めたのだ?」
「それは、紙の神さまが萬家のご先祖さまの枕元に現れて、宝物庫が良い。宝物庫に祀ってくれと言ったからであろう」
「神さまが、そんなこと言うと思うか? 付喪神だとて一応は人々の信仰を集めなければならぬ神さまなはず。それを宝物庫なる人が滅多に入らぬところに入れてくれなどと、言うと思うか。言うわけがない」
「と、すると宝物庫に入れてくれっという話は?」
「その話は嘘だったんだよ」
「えっ、嘘!?」
「ああっ、考えてもみろ。萬家の隆盛を握っていたと言われていた秘宝だぞ。その秘宝をいくらなんでも、かび臭い宝物庫に押し込めるわけがない。特別な神棚を設けて崇めるのが筋だろう。三百年前、紙の神さまが現れて、萬家に祟りをなしたのは本当のことだが、巻物が宝物庫に入れてくれと言ったわけじゃあないんだ。萬家に災いをなした巻物は、二人の僧の調伏で宝物庫に閉じ込められたという話が本当の話なんだ。つまり巻物は萬家の秘宝じゃなくて、災いをもたらす悪しきモノだったんだよ」
「秘宝じゃなかった!?」
「ああっ、秘法じゃあなかったんだ。悪しき災いをもたらすモノだったんだよ。悪しきモノは最初現れたときは、空海上人に封印され、三百年前は二人の高僧に封印された。しかし、巻物についた付喪神はしぶとかった。宝物庫に閉じ込められる寸前、付喪神は罠を仕掛けたんだ。萬家の倉の中にある文献に、悠久寺の宝物庫に秘宝が眠ってあるという罠を」
「なんじゃと!! あの文献が罠だったと?」
 大吉が驚いた。一週間ほど前、萬家の倉から古い文献を発見したのは大吉だった。文献は萬家の家紋が入った小箱に入れてあり、とうていそれに罠が仕掛けられているとは思えなかった。
「おおっ、社長、気づかれましたか?」
 大吉を介抱していた佐々木が言った。
「社長、萬家で発見された文献は、萬家のご先祖様がしたためたものではありませんぞ。もし、萬家の者が書き残して置いたものならば“秘宝”と書かず、“家宝”と書くはず。萬家の倉の中で発見された文献は、付喪神がしかけた罠だったんですよ。あの巻物の正体は萬家の秘宝ではありません。あの巻物は付喪神がとり憑いた魔物だったんです」
「と、言うと、敬えば福をもたらし、疎んじれば災いをなすという話も……」
 と、光徳が言うと、
「その話も嘘だ。わしらは騙されていたんだ」
 と、順慶が言った。
 大吉はまたも卒倒しそうになった。
「嘘だって……。萬家のいまがあるのは、あの巻物のおかげだと聞いてはいたが……」
 大吉はふらふらとした体から、絞り出すように言葉を発した。
「萬家のいまがあるのは、あの巻物のおかげではありません。萬家は自らの努力でいまの地位を得たのです。決してあの巻物のおかげではありません。あの巻物は成功した萬家を妬む者の怨霊が付喪神となり、萬家を祟りをなしてきたモノなのです」
「わしはまんまと騙されたわけか」
「ええっ、すべては付喪神の罠」
「じゃあ三百年前の話は? 七日間御神酒をあげて拝み続けてやっと許してもらったという話は?」
 光徳が尋ねる。
「だから嘘の話だと言っているだろう。しかし、祟ったのは本当のこと。巻物は萬家の秘宝でも家宝でもなく、災いを招くモノ。それゆえ、三百年前、霊験あらたかな二人の僧が、古代から伝わる依代を使って巻物の中に、再び、付喪神を閉じ込めたのだ」
「古代から伝わる依代? なんだそれは? それを使えばこの災厄から逃られるのか」
 大吉が言うと、順慶が力強くうなづいた。
「空海上人がいないいま、その依代を使うしか手立てはありません」
「その依代とは!?」
「佐々木さん、あなた、わしの目を盗んで宝物庫から金印を盗み出したでしょう。それを、いまここに!」
「金印……。はて、なんのことやら?」
 佐々木は鼻を擦った。
「佐々木! とぼけるな。さっさと持って来い」
 大吉が怒鳴った。
「はい、今すぐ持ってきまーす」
 佐々木は屋敷の中に戻っていった。
「あいつ……。癖があってな。嘘をついているとき、こうやって鼻を擦るんだよ」
 大吉は、佐々木がやったように、右手で鼻を擦った。
「順慶……。金印って何だ? そんなモノが役にたつのか」
 光徳が訊いた。
「邪馬台国の女王だった卑弥子が使った金印ですよ。巫女でもあった卑弥子は金印を依代にして、様々なことを解決したと伝えられています」
「卑弥呼の金印だと! 新魏倭王の金印か」
「そうです」
 順慶は、短くそう言うと唇を噛み締めた。
 順慶と光徳は、佐々木が屋敷の中から戻ってくる前に、車から、魔を調伏するために必要な道具類を降ろし、調伏場をこしらえ始めた。榊の木を四方に刺し、縄を張り、縄に紙垂を吊るして、護摩をたいた。
 佐々木が、金印を持って、玄関前にもどって来た。
「兄者、やりますぞ」
「おおっー」
「金印をここに」
 順慶は金印を受け取ると、護摩壇の上にそれを置いた。祈り始める……。
 三分ほど経ったであろうか。真っ青だった空が灰色に染まった。風が吹き、黒雲が灰色の空に渦を創った。雷電が鳴り、雨が降る。
 順慶と光徳は必死になって祈った。
 一際大きな雷が鳴った。佐々木が無様に転ぶ。佐々木の妹とその甥が悲鳴をあげた。
「何が起こっている?」
 大吉がわめいた。
「奴の反撃です。あやつ……。わしらに調伏をやめさせようとしているのです」
 順慶が応えた。
 順慶、光徳の調伏の声が大きくなるにつれて、付喪神の反撃が激しくなった。
 風が突風となり、雨が濁流のような勢いで降り注ぎ、屋敷の避雷針に何度も雷が落ちた。
「大丈夫か……。付喪神の反撃をかわせるのか?」
「かわせます。奴はわしらに直接危害を加えることができません。まあ、見ていてください。必ず奴を調伏してみせますから」
「そうか、頼んだぞ」
 大吉は二人の僧に後を任せて、萬家の庭にある東屋に避難した。
「兄者、器に護摩を」
 順慶が指示を出すと、光徳が器に護摩をくべた。
 器から紫の煙が立ち上った。紫の煙は黒雲にたちまち吸い込まれてゆく。雷が順慶の直ぐ傍に落ちた。
「いまだ、順慶」
 光徳が叫んだ。
 順慶が金印を手にし、それを頭上に掲げた。
「巻物にとり憑いている付喪神よ。新魏倭王の名をかりて、なんじを誅する。この金印に宿りて、尊しととせよ」
 順慶が叫ぶと、空の黒雲が赤く光った。虎が呻くような声が聞こえ、吹き荒れていた風が止んだ。黒雲から一筋の眩い光が、金印めがけて降り注ぐ。
「兄者、巻物を……。巻物を広げて」
 光徳が巻物を広げた。
「あいーやー」
 順慶が気合を込めて、金印を巻物上に押し付けた。巻物の上に新魏倭王の印が押された。押された印の文字は焼きゴテで押されたように焦げていた。
 異臭がした。紙の焦げる臭いではない。贓物が腐っているような臭いだ。
「兄者、御神酒を」
 光徳が、押されたばかりの新魏倭王の印に御神酒を注いだ。
 静寂が訪れる。いままで荒れ狂っていた天気が嘘のように、おだやかになった。
「おわったのか?」
 大吉が東屋から出てきた。
「終わりました……。巻物にとり憑いていた付喪神は、再び新魏倭王の文字の中に閉じ込められました」
 巻物にとり憑いた付喪神は、封印された。三百年前に一度新魏倭王の文字の中に閉じ込められた付喪神は、いま、巻物の右端に、新たにできた新魏倭王の印の中に再び封印されたのであった。
「もう、大丈夫なのか?」
「大丈夫なはずです」
「あっ~ 良かった」
 大吉は胸を撫で下ろした。
「順慶、この巻物をどうする? 焼いてしまおうか」
 光徳が言った。
「それは、なりません。巻物を粗末にすると金印で施された術が解け、付喪神が再び現れます。相手は空海上人さまさえも退治できず、かろうじて巻物の中に封印した化け物。今回は、金印の力を借りてとりあえず封印したが、次回、封印できるとは限らぬ」
「じゃあどうする?」
「宝物庫の中に入れて厳重に管理するしかないだろう」
 巻物は再び、宝物庫の中に入れられることになった。
 大吉の携帯がなった。着信に気づいた大吉が、携帯を手にとってみると、萬重工業の専務、日下部からの電話だった。
「社長、喜んでください! 株券が……、我が社の株券が元に戻りました」
 電話の向こうで日下部が、涙を流していた。
「本当か!? 本当に元に戻ったのか?」
「ええっ、これで我が社は救われます」
「そうかー そうか、良かった、良かった」
 大吉も思わず涙ぐんでいた。
「社長……。誰からの電話ですか?」
 佐々木が訊いた。
「専務だよ。専務の日下部からの電話だよ」
「日下部専務はなんと?」
「株券が元に戻ったと」
「や、やりましたね」
「うん、やったー 我が社は救われた~」
 大吉と佐々木は手を取り合って喜んだ。
「社長、財布の中のお札を検めてみたら?」
 光徳が言った。
 大吉が財布の中を検かめてみる。
 財布の中のお札も、元に戻っていた。もはや仮面ライダー・カードではない。
「社長~ 金印は……。金印はどうしましょうか?」
 佐々木が、弱々しい声で言った。
「巻物と共に悠久寺の宝物庫に納めるに決まっているだろう」
 大吉が、聞くまでもないだろうという態度で応えた。
「しかし、この金印は日本史を変えるかもしれない大発見ですし、私たちにはこの世紀の大発見を世間に発表する義務があるんじゃないかと……」
「馬鹿! おまえは浮浪者になってもいいのか。あやうく萬重工業は潰れかけたんだぞ」
「しかし……」
「しかしも、へったくれもない」
 大吉は、そう言うと金印の管理を順慶と光徳に頼んだ。
「佐々木さん、宝物庫からもう一つ盗んでいったモノがあるでしょう?」
 順慶が言った。
「はて? なんのことやら……」
 佐々木が鼻を擦る。
「とぼけても駄目ですよ。大和国風土記、あれも戻しますからね。持っているんでしょう大和国風土記」
「あ、あれね……。あっははははぁ」
 佐々木は、気弱に笑った。
「大和国風土記が、あの宝物庫にだけ残されているのは、何か理由があるのでしょう。佐々木さん、祟りは、もう嫌でしょう。だったら」
 順慶は佐々木を睨みつけた。
「わ、わ、わかりましたー」
 佐々木は、一目散に屋敷の中に吹っ飛んでいったのであった。


                    =了=

 P.S ショート・ショートを書くつもりが短編小説になってしまいました。
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