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短編&ショート・ショート

カーテン

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               カーテン  ~巡りゆく季節

 頭が割れるように痛い……。
 手足が痺れている。指先がビリビリするし、ふくらはぎが脈打っている。額からは、汗がしたたり落ち、切ない呼吸だけが、たえまなく続いている。
 私に何が起きたのだろう……。
 いつもと違う私がここにいる。
 
 その日、昨日と同じように朝の散歩に出かけた。
 季節は四月……。青い空に白い雲が浮かんでいる。微風が吹いており、春の匂いが鼻腔をくすぐっている。
 私は、家を出て、土手に周り、川沿いに沿ってひたすら歩いた。
 しばらく歩くと、顔なじみの老夫婦と出逢った。どちらかとなく挨拶を交わして通り過ぎた。新聞配達のバイクが橋の上を走っている。交通量がさほど多くない路を、バイクはスピードをあげて走っていった。ジョキングする人もいる。いつもここでジョキングしているのだろう。はする姿は軽やかだった。
 川面には鴨が浮かんでいた。人なれしているのか、人が近づいていっても逃げようとはしない。優雅に川面に浮かび、道行く人を眺めていた。
 朝日が川面に乱反射していた。眩い空間を創りだしている。キラキラと輝く鮮烈な空間だ。
 川の中の魚が爆ぜた。陽の光と、爆ぜた水飛沫が織りなす空間は、鴨を誘い、命の息吹を謳って、輝きを増す。
 朝の静謐な佇まいと、鴨の鳴き声が、ゆっくりと眩しい空間に溶け出す。
 私の中にあった、懐かしい情感が、それと重なり合い、少年の頃に、垣間見た風景がそこにあった。
 私は川面を後にして、土手から歩道に出た。
 目の前に、大きな車が迫ってきた。トラックだ。トラックが車道をはみ出して歩道に乗り上げたのだ。
 縁石が壊れる音と骨が砕ける鈍い音が、聞こえた……。
 
 気がつくと、目の前にカーテンがあった。エアグリーンのカーテンが私を取り囲んでいた。
 病院のベッドの上に寝かされているのだろうか。血圧と心拍数を提示する機器がベッドのわきに置かれている。 右手にはチューブが刺さっており、チューブの先には点滴用のビニール袋がぶら下がっていた。頭と左手にも身体の状態を推し量る機器が取り付けられていた。目を下に落とすと透明な容器が口にあてがわれている。
 体を、少し動かす。チューブは右手だけではないようだった。身体を少しだけ動かしてみるといたるところに、チューブが突き刺さっているのが解った。
 瀕死の状態なのだろう。
 病室に漂う空気が、澱んでいるように感じられる。いや、空気が澱んでいるというよりも、そこの場が暗く沈んでいるのだ。
 私は死ぬのだろうか……。
 私の傍らには、誰もいない。私を看護するべき看護師はどこかに行っているようだった。
 カーテンが、ゆっくり開いた。カーテンの向こう側から現れたのは、あおばなを垂らした少年とおかっぱ頭の少女だった。
 少年は右手に虫網を持っていた。肩から虫籠を下げ、左手は少女の右手を、しっかりと握っていた。
 おかっぱの少女は、少年より、少し背が高かった。少年の姉なのだろうか、挨拶もろくにできない少年を優しく叱っていた。
 少年は虫網をカーテンに立てかけ、あおばなを右手の甲で拭き取った。いつもそうやっているのだろう。傍らの少女が、癇癪を起しながら少年を叱っていた。
 少女が着物の共襟に手を突っ込んで、ハンカチを取り出した。取り出した桜色のハンカチで少年の手の甲と鼻を拭いてやった。
 いやいやしながら、少女に身を任せる少年。なれた手付きで少年の面倒を見る少女。
 微笑ましく、どこかなつかしい感傷が、そこにあった。
 二人は私の視線に気づくと、持っていた虫籠をベッドの上に置いた。虫籠には色とりどりの蝶が入っていた。
 少年と少女は虫籠の扉を開け、蝶を病室に開け放った。
 モンシロ蝶が飛んだ。アゲハ蝶がカーテンレールに止まった。鮮やかな青と黒が映えるムラサキシジミと黒くてかわいらしいコツバメが宙に舞い、黄色と黒と朱色の翅が愛らしいギフ蝶が、私の目の前で飛び跳ねていた。
 絶え間なく輪舞する蝶の姿は優しさに満ち、春の季節だけが醸し出す、慈しみが、そこにあった。
 蝶はしばらく輪舞していたが、やがて消えていった。気がつくと、少年と少女の姿も消えていた……。
 カーテンが唐突に開いた。開け放されたカーテンから、ミケランジャロの銅像を思わせる筋骨たくましい青年と、朱色のワンピースが良く似合う女性が出てきた。
 青年は麦わら帽子を被っていた。アロハシャツをセンス良く着こなしていた。麦わら帽子とアロハシャツが良く似合う青年は、朱色のワンピースを身にまとった女性を、自分の恋人だと紹介してくれた。今度結婚するから、ぜひ式に来てくれという。私が、視線でうなずくと、青年は着ていたアロハシャツを脱ぎ、それを宙に投げ捨てた。
 すると強烈な日差しが、私に降りかかり、目の前が蒼くなった。
 水飛沫を思わせる海の蒼さが、部屋に拡がって行く。寄せては返すさざ波の音がどこからともなく聴こえてきて、私の心を揺さぶる。もし、さざ波の音に色があるのなら、それは紛れもなく躍動の蒼色であろう。
 私の心は躍っていた。飛び、跳ね、水の中に潜り、真夏のひと時の暑さを堪能していた。
 次にカーテンを開けて、中に入ってきたモノは壮年の夫婦と一人の若者だった。
 壮年の夫婦は、今年社会人になったという息子を、私に紹介してくれた。照れて、はにかみながら頭を掻く姿は、目の前の壮年の夫婦ににも似て、限りない親しみを、私に与えてくれた。
 親しみは、たわわに実った秋の田園の色を思い出させた。
 夕暮れ迫る黄金色の田園の中を、家路に急ぐ子供たち。今期の務めを終えた一歩足の案山子が、目を細めて子供たちを見守っている。カラスの鳴き声の下、郵便配達人の自転車が畦道を駆けてゆく。自転車に乗っている青年は、今年社会人となったいう、あの青年だ。
 青年は、軽く会釈すると、沈む夕日に向かって自転車を走らせて行った。
 私は目を閉じ、青年の未来に幸多かれと祈っていた。
 カーテンが閉じられた。
 私の心拍を記す心拍計の針が、大きく揺れた。点滴の瓶がかすんで見えた。私は目を閉じた。
 目を再び開けると、カーテンがゆっくりと開いた。
 カーテンを開いて、中に入ってきたモノは派手な洋服と華美な装飾品で着飾った老人だった。
 老人は、オールデンの革靴で足元をかため、ブルオーニのシックでタイトな背広を着こんで、こちらを睨んでいた。
 おまえは、わしをどう見る?
 老人が訊いた。
 豪奢なモノで埋め尽くされたわしを、どう見る……。成功した人生を歩んできた立派な男だと思うか? それとも欲で凝り固まった因業ジジイのなれの果ての姿に見えるか?
 私は応えない。
 おまえは、わしをどう見る……。わしには息子が三人、娘が二人いるが、息子たちに財産を譲る気持ちなどない。わしの財産は、わしが死ぬまで、すべて使い切って見せる。
 私は応えない……。
 おまえは、わしをどう見る? わしは、人を騙し、蹴落としてきた。じゃが、わしは慈善団体にも多大な寄付をしてきた。わし自身のためにな。
 おまえは、わしをどう見る? おまえはわしをどう見る? おまえはわしをどう見る? 
 私が応えないでいると、老人は泣き出した。めそめそと少女のように泣き出した。
 おまえは……、おまえ・は……、私をどう見る?
 老人のそれは号泣に変わっていった。
 どこかで誰かが笑っている……。人のモノでもない獣のようでもない笑い……。
 老人の歩んできた人生を、あざ笑うかのような下卑た笑い。
 下卑た笑い声は、冷たい風を呼んだ。
 冷たい風は白いモノを呼び寄せる。白いモノが部屋にちらつき始める。それは全てのモノを覆い尽くす雪ではなく、全てのモノを凍らせる白い雪だった。
 白い雪は、瞬く間に部屋を凍りつかせた。
 老人は泣き続ける。凍りついた世界の淵で……。
 老人は慟哭する。虚飾に満ち溢れ、真実など何もない世界の淵で……。
 老人は胸をかきむしる。死の臭いがする病室の中で……。
 老人の叫び声と、老人をあざ笑う声が、私の鼓膜に響き渡った。
「やめろ!! やめてくれっ~ おまえは誰だ。なぜ、ここに来たー」
 私は思わず叫んでいた。
 老人は泣き止んだ。私の顔をじーいっと覗きみると、ニヤリと笑った。
 私は老人の顔を見て、驚愕した。そこには鏡の中でいつも見続けている見慣れた顔があった。
 そう、私を見て笑っている老人は私自身だった。
 老人は、私に問う。
 子供の頃、おまえは、いつも一人ぼっちだった。近所にいたサッちゃんは、いつもおまえのことを気にしていたのに、おまえはサッちゃんの誘いを袖にして、いつも一人で虫取りに行っていた。
 なぜだ? なぜ、おまえはいつも一人きりだった?
 老人は問う。
 青年になったおまえは、いつも寄り添う恋人が欲しくて、海に出かけた。が、悲しいことに自分に自信が持てなかったおまえは、異性を求めることに怯え、愛から身を遠ざけた。なにゆえ……、なにゆえ怯える必要があった?
 老人は問う。
 老年になったおまえ。田舎で一人で暮らすおまえを慕う男がいた。年老いたおまえはその男におまえのすべてを与えるつもりだった。だが、おまえはその男を切り離した。男がたった一度、おまえを裏切ったからか? おまえは、たった一度の裏切りも許すことができないのか? おまえに見捨てられた男は、職を捨ててしまい、いま孤独の中にいる……。
 老人は問う。
 おまえはこれまで何を求めて生きてきた? お金? 女? 名声? それとも平気で他人を踏みにじることができる力か?
 お金? 私は、カルチェの腕時計を買えるくらいの、お金を手にすることができた。
 女?  私の側には、財産目当ての女がいる。
 名声? 人は私のことを銭の亡者と呼んでいる。
 力? 力を得るために、私は何度も人を裏切った。
 老人は問う。
 おまえは今死んでゆこうとしている……。死に臨んでおまえが欲しいものは何なんだ? おまえが欲しかったモノは、おまえの目の前にいる成金趣味の嫌味な姿で着飾ったおまえ自身の姿なのか? 
 おまえは、何が見たい? 何を求めている? おまえは何のために生きてきたのだ。
 何を求め、何にすがって生きた来たのか? 何を求め、何にすがって来たのか? 何を求め、何にすがって来たのか?………。
「私の求めてきたモノ……」
 頭が、また痛くなった。割れるように痛い。
 私の前には死という道が敷かれている。逃れることもできない死という運命がもうすぐ訪れる……。
 死を迎えた私に何の希望があるというのだ。
 私は血の涙を流した。
 カーテンが開いた。全開したカーテンの向こう側に、陽が乱反射して輝いている川面が見えた。
 川面の上には、今朝見たあの鴨がいた。
 自然に身をゆだね、季節の移り変わりに惑うことなく生き続けている鴨。鴨には明日への憂いなどない。その日その日を懸命に生きている……。
 ただ、それだけ………。
 私は、鴨をいつまでも見つめ続けた……。
 


                  =了=

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