fc2ブログ

自作小説

石を積む男 その6

 ←石を積む男 その5 →石を積む男 その7
                      石を積む男  その6

 甘えている? 自分をごまかしている?
 何が言いたい。俺が人生の敗残者だと言いたいのか。
 田尾は憤った。
 確かに、俺は決してほめられた生き方をしてきたわけではないよ。
 高校を卒業してから、就職した缶詰会社も三か月で辞めたし、二十代の頃は、夜の夜中まで飲み歩き、両親を泣かせたよ。喧嘩だって日常茶飯事だったし、警察のお世話になったときもあるしさ。三十の時、飲み屋でひっかけた女と、結婚したが、その女にも逃げられたしな。
 だけどな、いま息子を育てるために、毎日辛い思いをして頑張っているんだよ。やりたくもない退屈な仕事をしながらな。
 その俺が甘えているだと! ふざけるな。
 田尾は、目の前に積み上げられている石の塔を、思い切り蹴った。
「わたしに言われたことが、そんなに気に障るかね」
 及川が言った。
「おまえさんは、賽の河原に出てくる鬼に似ているよ。賽の河原の鬼も、そうやって子供たちがせっかく積み上げた石の塔を崩してゆくんだ」
 三途の川で繰り広げられる、賽の河原の物語……。
 そこでは、牛の角のような黄ばんだ二本の角を生やした赤鬼や青鬼が、黒光りする金棒で、世にも醜い餓鬼を苛めている。餓鬼の傍らには、奪依婆と呼ばれる痩せ干からびた老婆がいる。奪依婆の後方には、亡者の衣類をぶら下げた衣領樹があり、その荒涼とした世界の中で、幼い子供たちが石を積み上げているのである。
 子供たちは、十の歳にも満たないうちに亡くなって、この世界に来た者たちだ。
 親より、先に亡くなり、親を嘆きを沈めるために、石を積み上げている。
 一つ積んでは父のため……。二つ積んでは母のため……。
 子供たちは、石を積み上げながら、悲しい歌を唄っていた。
「わたしには、気立てのよい娘と可愛い孫がいた……」
 及川が、身の上話を始める。
 田尾には、突然身の上話を始めた及川の真意が分からない。
 ただでさえ、失礼なことを言われて、気分を害している田尾は、踵を返した。及川の繰り言なぞ、訊きたくもない。
「待ちなさい……。おまえさん、帰ってから、何かやることがあるのかね。やることがなかったら、わたしの話を訊いてから、家に帰ってもいいだろう」
 及川は帰ろうとしている田尾を引き止めた。
「俺、帰りますよ。こうみえても忙しい身なんでね」
「まあ、そういわずに黙って、わたしの話を聞きなさい」
「忙しいと言っているだろう」
 田尾は、傍らで石を積んでいる健一を手元に引き寄せた。健一は、まだ石を積み上げていたかったようだった。未練がましく足元の石を見つめていた。
「私の娘と孫は、三十年前、殺されてしまったんだよ」
 人が人を殺す残虐な行為の話題を振られて、興味を持たない人間は、そう多くはないだろう。
 及川の言った唐突な言葉は、田尾をその場に釘付けにした。
 事件は、陰惨な殺人事件だった。
 春の陽だまりの中、留守番をしていた及川の娘と六か月の赤ん坊が、無残に殺された。
 凶行が行われた居間には、鋭い凶器で十か所以上滅多さしにされた娘の遺体があり、犯人に踏みつけられたのであろうか、内臓破裂した赤ん坊の遺体が、無造作にそこに置かれてあった。
 閑散な住宅地で起きた殺人事件……。
 軽微な犯罪さえ滅多に起きない地域で行われた凶行は、町を狂乱の渦に陥れたが、翌日、犯人はあっけなく捕まった。
 犯人は、及川の家の近くに住む無職の男だった。男は、及川の娘にただならぬ想いを寄せていた。想いを遂げようと、家人が留守の家の中に忍び込み、及川の娘に襲いかかったのだ。
「わたしは犯人を憎んだ。なぜ、美千代(みちよ)を殺した。どうして赤ん坊まで殺した。殺す必要なんてあったんだ」
 殺された及川の娘の名は美千代といった。まだ二十六歳という若さだった。おじいちゃんになった及川の肩を、いつももんであげる父親想いの娘だった。
「わたしは犯人を憎み続け、そんな犯人を生み出した社会をも憎むようになった。嘆き、悲しみ、自暴自棄になり、人につらくあたるようになった」
「あんたが自暴自棄に……」
「ああっ、こんな社会、壊れてしまえと思ったよ。……けれどな、人とはおかしいものでのう。事情を知っている人は、わたしから侮蔑を受けても、笑いながら許してくれたよ。わたしを許し、可哀そうに娘さんとお孫さんを同時に亡くされてさぞ辛いだろうと、わたしに同情してくれたよ」
 娘と孫を殺された及川の悲憤は、耐え難いものだったろう。
 おだやかな今の及川の胸の内には、田尾のはかりしれない悲しみが隠されていたのだ。
「おまえさんも、わたしに同情するかね……。同情なんかしなくてもいい。同情は時間が経つと憐れみに変わるものだからね。わたしはね……わたしは気がついたんだよ。知らない人間からも憐みの目で見られている自分をな。いつのまにか、人はわたしを小馬鹿にしたような憐みの目で観るようになっていたんだよ。おまえさん……」
 及川は、そこで一旦言葉を区切った。
「おまえさんも、そういう目で見られた時があったんだろう」
 及川は田尾の瞳を覗きこんだ。
 田尾は追想する。
 横領の罪を着せられて懲戒解雇された田尾に「おれだけは、おまえを信じているよ」と言ってくれた友人の目の中にそれがあった。息子を抱えて、職を探し続けている田尾に「息子さんのためにがんばれ、応援しているから」と言ってくれた知り合いの目の中に、それがあった。「毎日、ブラブラして結構なご身分ですね。……あんたなんかと結婚するんじゃあなかった。私、他の人を探してやり直すから。ここを出て行って幸せになるから。健一はあんたに任せるからね。いいでしょう、それで」 田尾の妻だった女は、軽蔑のまなざしだけを残して、田尾の元を去って行った。


               = その7に続く =
 



スポンサーサイト





もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 自作小説
もくじ  3kaku_s_L.png 市民劇場 裏話
もくじ  3kaku_s_L.png 命の輝き
もくじ  3kaku_s_L.png 映画鑑賞記
  • 【石を積む男 その5】へ
  • 【石を積む男 その7】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【石を積む男 その5】へ
  • 【石を積む男 その7】へ