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自作小説

餓鬼狩り (第二十四回)

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                         餓鬼狩り   (第二十四回)

 ごつごつした岩だらけの荒涼とした風景がの中に、周りを緑の広葉樹林で覆われている静ひつな泉があった。それは、極異界にある、数少ない清涼な水がわき出ている泉だった。
 その「命の泉」のほとりに、琥耶姫がいた。琥耶姫は、なにをするわけでもなく、「命の泉」を、ただ見つめている。
 泉に集う他の蒜壷の者は、持ってきた筒に命の泉の水を汲んでいた。呆けたような顔をして、立ち続けている琥耶姫に特に感心をはらうわけでもなく、一心不乱に「命の泉」の水を汲んでいた。
(わらわの母(かか)は、美しい人間の女の姿をしていた)
 琥耶姫は、水面に映るトカゲ顔を見つめながら、ひとりごちた。
(母は、美しかった……。なのに、わらわは、なぜ、こんなにも醜いのじゃ)
 琥耶姫の、瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。
 蒜壷の者は、みながみな怪物のような姿で、生まれ落ちるわけではない。
 蜘蛛や、猿、惟三のようなヒキガエルのような姿で、生まれてくるものもあるが、人間と全く変わらない姿で、この世に生まれてくる蒜壷のものもあった。
 琥耶姫の母、乙姫(おとひ)もまた、人間の姿をした蒜壷の者だった。
(わらわも、母のように人の姿で蒜壷に生まれたかった……)
 琥耶姫の脳裏に、人の腸に噛り付いている母の姿が蘇った。
 桜色の頬をした母が、人の腸に噛り付くたびに、母の唇が真っ赤に染まった。長い髪の母が、人の千切れた腕に噛り付くたびに、弾け飛んだ血糊が、傍らで乙姫を見つめ続けている琥耶姫の頬を朱色に染めた。
 母は、美しいかった……。人の腸に噛り付いていても、母は美しい。人の肉を食している時の、他の蒜壷の者は、あさましいというのに……。
 人間の容姿で生まれてきた蒜壷も、怪物のような姿で生まれてきた蒜壷も、人肉を食べゆかなければ、生きてゆけないという宿命を負わされ、この世に生まれ落ちる。
 蒜壷の者は、生まれ落ちて、三年間は、人の肉を食べなくても、飢餓状態に陥ることはない。四歳になるころから、無性に人肉を求めるようになる。七日に一度、人肉を食さなければ、猛烈な飢餓状態に陥いり、八日目には気が狂ってしまうのだ。
 琥耶姫の母、乙姫は、美しい人間の姿をしているゆえ、容易に人に近づくことができた。春に咲く桜のような匂い立つ美貌と、男心をくすぐる甘いささやきを武器にして、男どもを次々と、凋落していった。乙姫の色香に惑わされなかった男などいやしない。
 男どもは、恍惚の果てに、乙姫に無残に殺され、乙姫の腹の中に収まっていった。
「わらわの、父(てて)は、どんな男だったのじゃ」
 ある日、琥耶姫は、母の手にかかり、命を落とした男の脚に齧り付いている乙姫に聞いた。
「蒜壷一の強者(つわもの)さ。誰も、おまえの父にはかなわなかったよ」
「どんな姿をしていたのじゃ。母(かか)と同じ、人の姿をしていたか?」
 琥耶姫の、聞きたかったことは、父の強さではなかった。琥耶姫は、父の強さより、父の容姿を知りたかった。
「なぜ、そんなことを訊く。人の姿をしている蒜壷の者など、気持ちが悪いわ」
「母は、自分の姿が嫌いなのか?」
「ああっ、嫌いだね。こんな弱々しい姿。わらわが蒜壷の者じゃあなかったら、とうの昔に、獣(けもの)どもの餌食にされていたわい。わらわの、この腕を見よ。小枝のように細い腕じゃ。この腕で、襲ってくる獣を殺めることなどできぬ。わらわに蒜壷の者が持つ力がなかったら、わらわは生きてこれなかったわ」
「母(かか)……」
「わらわは、人間の姿になど生まれ落ちたくはなかった。夜亞虎(やっこ)さまのような力強い蒜壷に生まれたかった」
 猿の顔、狸の胴体、虎の手足と蛇の尾を持つ夜亞虎。
 京の都を度々襲っている夜亞虎は、京の都の人々に“ヌエ”と、呼ばれて恐れられていた。
「おまえは、どうじゃ。夜亞虎さまのような強い蒜壷になりたいじゃろ」
 琥耶姫は、できれば、母のようになりたかった。
 自分が殺めた人間の肉を、いつも最初に琥耶姫に差し出す、美しく優しい母は、琥耶姫の憧れでもあった。
「わらわに、もっと力があったなら、もっとたくさんの人の肉を調達できるのにのう……。琥耶姫、おまえ、もっと人の肉を食べたいだろう」
 乙姫は男の脚に噛り付くのを止め、琥耶姫の顔を覗き込んだ。
「こんな旨いもの、他にないからの。もっと食べたいだろう。ほれ、もっと食え」
 乙姫は、琥耶姫に、食いかけた腸の一部を投げ与えた。
 ぐしょぐしょして、赤くただれた臓器……。蒜壷の者は、これを喜々として食べている。
 これを食べている時の蒜壷の者は、あさましい……。
 が、母は……。
「どうじゃ、食え。喰わんのか」
 乙姫は、人の目玉を、琥耶姫にさし出した。琥耶姫は、顔を背ける。.
 人の肉など、本当は食べたくない。豚や牛の肉なら、平気で食べることができたが、母と同じような姿をしている人の肉など、本当は食べたくない……。
 けれど、食さなければ、気が狂う。気が狂って死んでしまう。 
 琥耶姫は、人の目玉を退けて、傍にあった、人の腸に噛り付いた。
 琥耶姫は、十の歳を数える年月の間に、何人もの、気が狂って死んでいった仲間の蒜壷を見てきた。
 自分が何者かも分からず、肉親を罵倒し、汚物にまみれながら、朽ちて行った仲間の蒜壷たち……。
 十の歳を数える年月の間に、何人もの、気が狂って死んでいった仲間の蒜壷を見てきた琥耶姫は、あのような死に方だけはしたくないと思わずにはいられなかった。
「旨いのう。旨いのう。わらわにもっと力があったら、毎日、人の肉が喰えるのに」
 人に血で汚れていても、美しい母。その母も、琥耶姫が、十二の時に亡くなった。
 たぶらかした男の肉を食している時に、後ろから、鉈で後頭部を割られ、死んでいった。
 乙姫を、殺めたのは、人の女だった。愛する男を殺された悔しさが、女に過大な力を与えていたのだろう。女の一撃は、蒜壷である乙姫の頭蓋骨を、見事に砕いていた。
「乙姫も、人の手にかかって殺されたか……。おまえも人に手にかかって殺されないように注意するんだな」
 乙姫を死に至らしめた女を、始末した蒜壷の者が、琥耶姫に言った。
「どういうことじゃ。おまえも人の手にかかって殺されるなよなとは、どういうことじゃ」
 乙姫の亡骸の傍で、琥耶姫が、泣きながら問う。
「おまえの父、禄牢田(ろくろうた)も、人に殺されているんだよ」
「父が、人に殺されただと! 父は蒜壷一の強者じゃあなかったのか?」
「バカ言えなよ。禄牢田は人を騙す能力しか持たない貧弱な蒜壷よ。おまえの母と同じように、人をたぶらかし、人の肉を漁っていた、ケチな蒜壷よ。禄牢田はなあ、女の肉を喰らっている時に、人の男どもによってたかってなぶり殺されのよ」
「父は、人の男に殺されたというのか」
「そうよ。われら蒜壷の者のとって、家畜にしかすぎない人の手によってな」
「そんなことは……。そんなことは嘘じゃあ。父も人の手によって殺されたなどと……」
 琥耶姫が、物心ついた時には、父はこの世にはいなかった。
 寝物語に母から聞かされる父の姿は、誰よりも強くて優しい男の姿だった。
「琥耶姫、俺の言うこと、分かるか? 乙姫も人の手にかかって死に、禄牢田も、人の手にかかって死んでいる。おまえまで人の手によって命を落とすなよと言っているんだ」
 蒜壷の者は、そう言うと、うつ伏せになって息絶えている乙姫の髪を撫でた。
「乙姫よ、娘に嘘を言っちゃあいかんよ。嘘を言っちゃあなあ。禄牢田が蒜壷の中で一番強かっただと。笑わせるな」
 猿の顔をした蒜壷の者は、乙姫の髪を撫でると、母を失い、泣き続けている琥耶姫を見つめた。
「なぜ、そんなに泣く? 母を失ったことが、そんなに悲しいか?」
「……」
「泣くな。蒜壷の者は、強くなければ生きては行けない。たとえ女でもな」
「母が殺されたというのに、泣くなというのか」
「ああっ、泣いても腹の足しにはならんぞ」
 蒜壷の者は、蛇の尾を琥耶姫の頭に乗せた。
「……ひとつ、訊いていいか」
琥耶姫が、訊ねる。
「なんだ、なにが訊きたい?」


                      = 第二十五回に続く =

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