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自作小説

餓鬼狩り (第四十五回)

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                        餓鬼狩り   (第四十五回)

 蒜壷一族の頭目である洪暫には、十(とう)違う兄が一人いた。
 名を千寿(せんじゅ)といい、蒜壷一族の先代の頭だった。戦闘能力が著しく強く、人格的にも優れていた千寿は、気性が激しい者が多い蒜壷一族の者を、よく統率していた。誰もが千寿を崇め、千寿のいうことなら何でも良く聞いていたのである。
「わいは、あの噂を聞いた時、腰が抜けてしもうたがや……。わてら蒜壷のものを誰よりも思うとる、敬愛する千寿さまが、わてらの餌にすぎない人の女人を妻にするなんて……」
 惟三が、そういう。
「兄とて、心惑うときがある」
 洪暫が言う。
「兄が妻であった弥生と会った時、兄は瀕死の重傷を負っていた……」
 千年ほど前、蒜壷一族がまだ日中も活動できた頃、人との戦いに大勝した千寿は、古い寺の中で、疲れた体を横たえていた。本体の龍の姿から人間体に化身して、勝利の余韻に酔いしれる千寿。千寿はたった一人で、三百人ほどの軍勢を相手にし、それを見事、打ち破ったのであった。
 心地良い疲れが千寿の油断を誘ったのか、それとも、勝利のおごりが千寿に眠りをもたらしたのか……。千寿は、疲れ切ったおのれがいる古寺に見張りもつけずに、その場で眠ってしまった。
 何時間、経ったのだろうか。千寿は首に走る鋭い痛みと共に眼を覚ました。
「な、なんていう硬い首をしていやがる。マサカリが食い込んで離れねえ~」
 千寿の首を斬りおとそうとしていたのは、身長が二メートルもある筋肉質の巨漢だった。巨漢の周りにも、それに勝るとも劣らない屈強な男たちがいた。
「おのれ~ 人間どもめ!」
 千寿は、おのれの首にくいこんでいるマサカリを引き抜き、それで周辺をなぎはらった。マサカリを千寿の首に食い込ませた巨漢の身体が、腹から真っ二つに両断され、大量の血潮が辺りに飛び散る。
「怯むな! そいつは蒜壷の頭だ。なんとしても討ち果たすぞ」
 真っ二つにされた巨漢の遺骸を尻目にし、屈強な男たちは勇敢にも千寿に立ち向かって行った。その数、およそ二十。強者(つわもの)ばかりの男たちが、千寿に向かって攻撃を仕掛けてきたのである。
 斬馬刀と呼ばれる巨大な刀が、千寿、めがけ、振り下ろされ、豪傑と呼ばれる男だけが使うことができる強弓から、毒の塗った弓矢が、千寿に向かって放たれる。だが、斬馬刀も、強弓から放たれた弓も、剃刀のように鋭く磨いた刀剣も、千寿に傷を負わせることができない。最初の一撃、巨大なマサカリだけ、千寿の受けた損傷だった。
「人間などに、このわしを倒すことなどできぬ」
 そう、うそぶく千寿。事実、わずか数分で半数を超える男どもが、千寿の手によって絶命してた。
  千寿によって殺された男たちは、ほとんどが無残な死にざまを示している。腹を裂かれ内臓が飛び出た死骸や、頭を潰され脳漿が飛び散っている遺体。遺体の中には人の原型をとどめていない肉塊もある。首に傷を追った千寿が怒りに身を任せた蛮行が、惨たらしい死体の山を築いたのだ。
「たわいのないものよ」
 千寿は、目の前の男の両腕を引き抜いた。
「千寿! おまえは……。お、お、まえは、もう終わりだ」
 千寿に、両腕をもぎ取られた男が、苦し紛れに言う。
「なにを馬鹿なことをいう。わしが終わりなどと……」
「終わりだ……。おまえのその血を見ろ。首から流れ続けている血が、おまえの最後を謳っているわ」
「血が謳っているだと……。笑わせるな」
 マサカリは千寿の首を切断することはできなかったが、千寿にそれ相当のダメージを与えていた。人間体に化身し、眠り呆けていた千寿には、巨漢が振り下ろした不意の一撃を防きれなかったのである。
「うぐうっうっつ……」
 戦いが一段落し、息を整えると、激しい痛みとめまいが襲ってきていた。
 千寿は、首を左手で抑えた。確かに大量の血が溢れ出ている。放っておくと致命傷になりかねない。
「運のいい奴らよ……」
 千寿は、駆け出した。古びた寺から、外に出る。追う屈強な男たち。追う男たちは五人。二十数人いた男たちが、数分で五人にされてしまっていたが、男たちは怯んではいなかった。
「待て! 千寿。逃がさん」
 男たちは千寿を追った。千寿に追いつけない。
「人が蒜壷に勝てるものかー」
 千寿は、そう言い残すと、霧のように消えてしまった。
 古寺から東に四里ほど離れた山中に、蒜壷の者しか知らない苔むした洞窟があった。スギナやオオ二ゾデンダなどのシダ類が出入り口に密生しており、そこに洞窟があることなど、人が知るはずもない。
 首から大量の血を流し続けた千寿は、古寺から逃げのび、この洞窟の中にいた。
「……ここまでくれば、大丈夫だ。、わしとしたことが」
 千寿は、首を斬られ、全血液の半分の量を流した。いくら蒜壷の者とて、無事ではすまない。
「血を……、血を止めなければ……」
 千寿は、そう言ったまま気を失ってしまった。
 次に千寿が目覚めたとき、千寿の首に治癒が施されていた。薬草が滲みこんだ清潔な綿の布巾が千寿の首にまかれていたのである。 
「おまえは……。おまえが、このわしを助けたのか?」
 千寿を助けたのは、まだ二十歳にもならない可憐な少女だった。
 少女の名は弥生と言った。山の奥に薬草を摘みにきていた弥生は、傷を負って苦しんでいる千寿のうめき声を偶然、聞いてしまい。声を頼りに洞窟の中にいる千寿を見つけたのだった。
「やっと、お気づきになりましたのね」
 弥生は、涙ながらに言った。
「女、人であるおまえが、このわしを助けだだと……」
 蒜壷である千寿は、古寺から洞窟に逃げる途中、本来の姿である全長三メートルある巨大な龍の蒜壷に戻っていた。たいていの人間は、龍である千寿の姿を見れば、その姿におののき、卒倒するだろう。が、弥生は龍である千寿の姿を見ても驚くことさえなかった。
「このわしが、怖くないのか……」
「傷ついているものに、恐怖を感じる女(おなご)がいるでしょうか。たとえいたとしても、わたしはあなた様を恐れはしません」
「わしは人ではないのだぞ……。おまえらからみれば、わしは化け物だ」
「傷ついているものがいれば、人であろうとなかろうと、わたしは助けます」
 弥生は、そう言った。
「わしは、おまえを喰ってしまうのかもしれないのにか……」
「あなたさまは、わたしを食べません。あなたのその眼をみれば解ります」
「眼を見れば、わかるだと……。おまえ、このわしがどのような化け物か分かっているのか。わしは、おまえら人を食べている蒜壷の者なのだ。おまえらを食べている……」
 千寿は身体を起こし、弥生を正面から見た。
(か弱い……。こんなひ弱な女が、わしを助けたというのか……)
 弥生は、野に咲く雛菊のような少女だった。にじみ出る暖かさは慈愛に満ちている。
(この女からにじみ出ているこの感覚は何なんだろうか)
 人を餌としてみていた千寿にとって、その出会いは生まれてから一度も受けたことのない衝撃だった。
(暖かい……。まるで、春の陽だまりの中にでもいるような……)
 千寿は、弥生と恋に落ちた。
 それからしばらくして、種族の垣根を越えて結ばれた千寿と、弥生は、弥生の中に新しい命が宿ったことを知った。弥生と恋に落ちたその日から、人である弥生の眼を避け、隠れて人肉を食していた千寿だったが、子ができたことを知ると、人の肉を食さなくなった。
「えっ!? 嘘でっしゃろ。わてら蒜壷のものが人肉を食べなかったら、気が狂うでっしゃろ」
 と、惟三がいう。
「狂ったよ。人を食しなくなってからの兄は、気が狂ったとしか言えない蛮行を重ねるようになった。直属の手下を皆殺しにし、蒜壷の女に悪態をつき、平気でとんでもない嘘をつくようになった。あまつさえ、十種神宝を使って、わしらに呪いをかけたのだ」
「だから、洪暫さまは実の兄である千寿さまを、その手にかけたのね」
 と、琥耶姫が言う。
「気づくのが遅かった……。まさか、兄が十種神宝を使ってわしらに呪いをかけていただなんて」
 洪暫の顔が苦悶色に染まった。
「するってーと、十種神宝は、もともとはわいらの手の中にあったものでっか?」
 惟三が右手を握りしめた。
「気が狂う直前、兄は鬼部(もののべ)一族から、われら蒜壷が受け継いだお宝があると言っていた。本来つかうべきではない十種神宝というものが、我らの手の中にあると」
 洪暫が言葉を続けた。
「本来使うべきでないもの……」
 琥耶姫が、眼をむいた。
「さよう、鬼部一族は、それを多用したため、神の怒りをかい、地獄に落とされたのだ」
 洪暫は、言葉を区切った。
 十種神宝……。鬼部一族が神から譲り受け、鬼部一族が地獄に堕とされた後、十種神宝は蒜壷一族の手の中にあった。先代の蒜壷一族の頭である千寿は、その十種神宝の力を使い、蒜壷一族に呪いをかけたという。
「兄は、蒜壷のものより、妻である弥生と、弥生の腹の中にいる人と蒜壷の血をもつものを愛してしまった。それゆえ、わしら人を食する蒜壷のものに呪いをかけたのだ」
「妻と我が子を守るために、わてら蒜壷を裏切ったんですかいな」
「愚かな男よ……」
 洪暫の脳裏に、兄、千寿を手にかけたその日の映像が甦る。
 心臓をえぐりとられ、無残な死体となってしまった兄、千寿。憎しみの眼(まなこ)で洪暫を睨み付ける千寿の妻、弥生。弥生の腕の中には生後三ヶ月目の双子の赤ん坊がいた。
「琥耶姫、風のヌ、大地のイ……。そして、惟三。おまえたちに強力な助っ人をさずけてあげよう」
 洪暫は、神殿の奥の扉に眼をやった。
「遠慮するでない……。入ってまいれ」
 扉が開き、少女の姿をした蒜壷が中に入ってくる。
 少女は淡いクリーム色の胴衣と紺色の袴を身に着けていた。真っ直ぐに伸びた長い髪が艶やかに光る。白陶器を思わせる白い肌と、切れ長の愁いを帯びた瞳が少女の持つ可憐な美しさを際立たせていた。
「おまえは……。まさか……。那美!」
 琥耶姫は、絶句した。


                        = 第四十六回に続く =


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