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自作小説

餓鬼狩り (第四十七回)

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                       餓鬼狩り   (第四十七回)

 S県北西部に鬼の舌震(おにのしたぶるい)というところがある。
 稜線を流れる急流が、長年にわたり黒雲母花崗岩を侵食したV字峡谷であり、峡谷の中にある千畳敷、屏風岩、大天狗岩、鬼が涙を流しているように見える鬼の落涙岩などの奇岩や、渓流に良く映える大自然の景勝が、ここに訪れる人の眼を楽しませている。
 ここから東へ数キロ。山間に、古びれた屋敷がある。かつて造り酒屋を営んだその屋敷は長い年月の流転から逃れることができずに朽ち果てている。この造り酒屋を営んだ者たちの子孫たちは、すでに滅び去ったのであろう。ここに古びた屋敷があったことなど、とうの昔に人々の記憶から消え去っていた。
 ときおり獣がこの屋敷の周りをうろつく。屋敷の周りを徘徊するだけで、中には入れない。好奇心に満ちた獣さえ、屋敷の周りを彷徨うだけで、屋敷の中には侵入できなかった。
 人々の記憶の中から忘却され、獣さえも寄せ付けない屋敷。かつて関わった者との完全なる拒絶という気配が、この苔むした屋敷にまとわりついているのである。
 那美と呂騎は、新宿御苑での蒜壷一族と死闘の後、戦いの傷を癒すためにこの屋敷の中にいた。
《那美さま、無事、結界がはられました》
 那美の相棒、呂騎が那美に精神感応を送った。
「大丈夫? この前みたいに子供が迷い込んだりはしないでしょうね」
《ぬかりはありません》
「そう、……呂騎がそこまで言うなら、安心していいわね」
 那美が微笑む。呂騎は那美の横に身を横たえた。
「ここにいると、落ちつくわね」
《はい、身も心も休まります》
 呂騎は、まぶたを閉じた。
 屋敷は、その昔、古志郷(こしのさと)屋敷と呼ばれ、遠く離れた町に住む者にも、その名をしらぬものなどいない名家だった。名家だったゆえに、高名な武士や商人が、ここを訪れることもあったが、管理する者がいなくなった今では、この屋敷がどこにあったか知るべきものは皆無になっている。それでも、たまに鬼の舌震を訪れた観光客が、この屋敷の周辺に迷い込むことがあった。
「そろそろ生玉(いくたま)の御業を呂騎に使う頃合いだわ」
 と、那美が言う。
《そうですか……。それじゃあ、お願いします》
 呂騎は、那美に顔を向けた。
 那美は、呂騎の頭に装着されている青色のプロテクターを外してやった。胸の防具を取り外し、呂騎の背を撫でた。背を優しく撫で終わると、胸元から若草色の香袋を取り出し、香袋の中から緋色の勾玉を取り出した。
「生玉よ。このものに慈愛の御業を」
 那美の言葉に反応した緋色の生玉は、七色に輝きだした。呂騎は、眼をつぶり、七色の光の中に身をゆだねた。
 戦いに疲れ、傷ついた体が癒されてゆく。凝り固まった筋肉がほぐされ、体のいたるところにある切り傷が治癒されてゆく。
 那美は、呂樹の胸に生玉を置いた。
 呂騎の心臓が、突然激しく高鳴った。瞳は虚空を見つめている。体毛が金色に変色し、呂騎は、ぜえぜえと喘ぎ声をあげた。
 大型の犬。秋田犬の容姿を持つ呂騎も、また蒜壷一族のものだった。
 蒜壷一族のものゆえに、千寿が蒜壷一族にかけた呪いから逃れることができない。生玉の力を借りなければ、日中、充分な活動ができずに、太陽の光を浴び続けていると、滅んでしまうのである。
 呂騎は、三日に一度、生玉の光を浴びることで、その魔の手から逃れていた。
 《餌非(えひ)のみなさんにも、この光を浴びせたいものですね》
 心音が通常に戻った呂騎が、そう呟いた。
「生玉は、万能ではないのよ。使用にも限りがあるわ」
 と、那美が言う。
 餌非とは、蒜壷一族の中にいる一部の穏健な一派のことである。彼ら餌非は、争うことを嫌い、人を襲わず、人肉が欲しいときには、どこからか調達してきた死人の肉を喰らう。生きた人間の肉を喰らうことより、狂死することを選ぶのである。それゆえ、他の蒜壷の者から仲間外れにされ、少人数で、ひっそりと暮らしている。 
「後悔していない?」
 那美が、通常の体毛の色に戻った呂騎に言う。
「後悔していない……。私についてきて……」
《私は……、私は、那美さまに逢えて、生きがいという喜びを感じました。決して後悔などしていません》
「本当に後悔していない? 私といる限り、同族同士で殺しあう日々が続くのよ」
《私は……、私ら餌非は、同じ蒜壷でも、人を襲って食う奴らと、同族だとは思っていません。私たちは生きた人間の肉を食うくらいなら死を選びます》
 呂騎は、人肉を食うことを拒否して、狂死していった仲間たちを何人も見て生きてきた。
 自らの頭を、岩にぶちつけ、脳みそをぶち散らかして死んでいった男たち。手首にためらい傷をつけ、最後には入水自殺を企てて逝った女たち……。
 狂い、嗤いながら死んでいった仲間たちは哀れすぎた。
《私は……。那美さまと逢わなければ、いまでも人を食べていたでしょう》
 呂騎は、狂死の恐怖に逆らうことができずに、たとえそれが、死人の肉であっても、人肉を食べていた自分を恥じていた。狂い死ぬ餌非の仲間たちを見て、自分もいっそ死んでしまおうかなと思い詰めていた。
《那美さま……。蒜壷のものは、なぜ、人肉を食べなければ狂死してしまうのでしょうね》
 と、呂騎が言った。
 蒜壷の者にかけられた、もう一つの呪い。人肉を食さなければ、八日目には狂い死ぬという業。
 何者がかけた呪いなのか、誰にもわからないが、那美たちを育てたオババの話しによると、蒜壷一族が、この世に誕生したときから、その呪いはあったという。
「呂騎……」
 那美が呂騎に眼をやる。
「呂騎の生きがいって、なに?」
《わたしの、生きがいですか?》
「そう、さっき言ったでしょう」
《私の生きがいは……。いや、願いは……》
 呂騎は、言葉に詰まった。
 蒜壷一族であり、餌非一派でもある呂騎の願いは、人と蒜壷との共存であった。
 呂騎は、そのために人と蒜壷との間に生まれた那美の相棒になっている。十種神宝を操り、神の御業のような奇跡をおこなう可憐な少女の従者に……。
 人を餌としかみない蒜壷と、奇怪な容姿の蒜壺を忌み嫌う人との間に、信頼関係というものは容易なことでは成り立たないであろう。
 が、那美さまなら、人と蒜壷との間に生まれた那美さまなら、いつかきっと……。
 

                       = 第四十八回に続く =


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