FC2ブログ

自作小説

餓鬼狩り (第四十八回)

 ←餓鬼狩り (第四十七回) →餓鬼狩り (第四十九回)
                      餓鬼狩り   (第四十八回)


「呂騎……。あなたの願いと私の願いは、きっと同じだわよね。私だって、本当は戦いたくないのよ。でもね……」
 那美は長い睫毛を揺らした。
 人を食べなければ、狂死してしまう蒜壷一族は、これからも人間界にやってきては、人を襲いつづけるであろう。人をおのれの餌としか見ない蒜壷のものが、醜い者、奇怪な者を忌み嫌い、肌の色が違うだけで争っている人間が、上手くやっていけるわけがない。たとえ蒜壷が人を食しなくなっても、人は、その存在を、うけいれるはずはないし、おのれの能力を誇示したいために平気で仲間同士で殺し合いをする蒜壷が、人と手を取り合うなんて考えられない……。
 那美は、生玉を香袋にしまいこんだ。
 命の源として、あらゆる生物の命の力を司ることができる生玉。
 かつて、那美は生玉を初めて手にしたとき、生玉の力を使って、蒜壷一族に降りかかっている呪いを解こうと試みたことがあった。呂騎と数名の餌非たちの前で、生玉を使い、忌まわしい呪いを解こうとした。生玉の効果は絶大で、そこにいた五名の蒜壷のうち三人は、太陽の光の下でも活動ができ、人を食さなくても狂い死ぬことがなくなった。しかし、生玉の御業は持続力がなかった。呂騎を始め、生玉の御業を受けたものは、三日後、元の忌まわしい体に戻ったのであった。
「那美さん、あんたはいいよな。生玉の力を使わなくても、お日様の下でも動けるし、人間を食べなくてもいい」
 生玉の御業が切れたとき、餌非の一人が、そう皮肉を呟いた。
 そう、人と蒜壷との間に生まれ落ちた那美は、日光の下でも自由に活動できるし、人を食さなくても狂死ぬこともなかった……。
 那美の懐にしまいこまれている香袋が震えた。香袋の中で、琥珀色の勾玉が光っている。
《那美さま、奥津鏡が反応しているようです》
 呂騎が言った。
 那美は、香袋の中から琥珀色の勾玉を取り出した。琥珀色の勾玉を宙に放る。宙に舞った勾玉は忽然と消え、勾玉の代わりに銅鏡が現れた。それは、前方後円墳などからよく出土される三角縁神獣鏡にも似た三十センチほどの鏡だった。
 那美は、奥津鏡を手に取った。奥津鏡には島が映っていた。奥津鏡の表面を指でなぞると、島の名前と、位置、気候などが鏡面に表示された。
《那美さま、その島は……》
 那美と一緒に、奥津鏡を見ていた呂騎が言った。
「AHO(オー)の基地があるN島。敵はAHOを襲う気ね」
《AHOに捕えられている伽羅を救い出す気ですか?》
「それもあると思うけれども……」
 那美の知る限り、蒜壷の者が、人に捕獲された前例はない。今回初めて蒜壷の者が、人の手の中に落ちたのである。
 最先端の科学力を駆使して造られた組織AHOは、ある程度、蒜壷のことを知っている。が、いままで蒜壷の身体を調べ上げることができないでいた。
 だとしたら……。
「AHOは、伽羅の身体を調べ上げているでしょうね。……蒜壷は、AHOが伽羅の身体を調べ上げた情報を奪う気よ」
《情報ですか? 伽羅をほっといて……》
「ええっ、ここ百年の人類の進歩には眼を見張るものがあるわ。江戸時代の頃の人類は、せいぜ大海に船を浮かべて、世界を支配したような気分になって、悦に入っていたけれど、今の世界を見て。地球上はネットで繋がれ、空には高音速出飛ぶジェット旅客機があり、月に人が降り立ち、人は火星にさえ、人は手を伸ばそうとしている」
 三百年前ほどから蒜壷一族と戦い続けてきた那美は、人類の歴史を垣間見てきた。那美は、人類のめざましい科学の進歩に眼を見張っていた。
「ライガーという動物、知っている?」
《ライガーですか?》
「人の手で……。人口飼育下で生まれた父がライオン、母が虎の雑種動物よ」
《……》
 呂騎は、思わず眼をしかめた。
「そんなに驚かないで……。いまでは別に珍しい話でわないのよ。ここ百年の間、人は異種と異種を交配させて様々な生物を誕生させてきたわ。美味しく低脂肪の肉質を求めて、バッファローとウシを掛け合わせてビーファローという、ウシともバッファローとも似ても似つかぬ生物を造り出したり、キメラと呼ばれる、ヤギとヒツジの混合種を造ったり……。人の身近にいる猫や犬だって品種改良という美辞麗句のもとに、商業目的で新しい種が生まれているわ」
《犬や猫も!?》
「ライオンや豹をかけ合わせたり、ロバとシマウマを掛け合わせた場合と違うけれど……」
《那美さま……。那美さまは……》
 呂騎は、いいかけて、口をつぐんだ。
 那美は、二十世紀初頭から今世紀に亘っての著しい生科学の飛躍が、蒜壷の謎を解き、人と蒜壷の間に決して埋めることができない溝を、埋めることができるかもしれないと思っているのかも知れない。
《那美さま……。那美さまは、なぜ、われわれ蒜壷一族が、この世に生を受けたのか、人が解き明かすとでも思っているのですか?》
 と、呂騎が言う。
 人と動物。人とも動物とも似ているようで、まったく違う生き物、蒜壷。
 常に人間の姿に化身していて、いざとなれば化身を解き、本来の姿になって戦いを挑む、伽羅や洪暫。トカゲ貌の琥耶姫や、ヒキガエルの惟三は、化瑠魂という薬をよういなければ、人に化身することができず、蒜壷の者の中には、餓鬼のように人の五歳くらいの背丈の容姿を持ち、太鼓のような丸々太った腹を出して、常に飢えている者もいる。また、雁黄のように猿人かと思われる屈強な身体と姿で、餓鬼を従え、人を襲う蒜壷の者もいる。
 なぜ、このような特性を持つ一族が、この世に現れたのだろう。いや、なぜ、このような種族がこの世に生まれてこなければならなかったのだろう。
《那美さま……。私……、ライガーのことを知っております》
「えっ!?」
《ライガーのことだけではありません。ロバとシマウマを掛け合わして造られたドンクラのことも、アシェラと呼ばれるサーバルとマダラヤマネコと、飼い猫を、合わせ、誕生した動物のことも……。生科学の躍進は、確かに、新たな種の誕生を生み出すかもしれません。たとえ、それが生殖能力がない一代限りの命であっても……》
「人は、クローン技術という細胞から、ひとつの生命体を誕生させることもできるようになったのよ」
 1992年、それまでのクローン技術と違った技術で、クローン羊のドリーが生まれた。その後、バイオテクロジ―は加速度的に進化してゆき、今や人間のクローンさえ造れると言われている。
《確かに、人は神さえもしのぐ技術を手に入れようとしているかもしれません。けれど、人に私たち蒜壷の者は作りだせません。蒜壷のなぞをある程度まで解明しても、蒜壷がなんであるか分からないでしょう》
「なぜ?」
《人は……、人は、捕獲した伽羅の身体を隅々まで調べ上げて、人と私たち蒜壷のDNAが全然違うことに気づくでしょう》
 蒜壷一族のDNAは、他の種のDNAとまるで一致しない。ひとのDNAとも全く違う。狼の容姿を持った伽羅のDNAと狼のDNAは、全然違うものだし、トカゲ貌の琥耶姫のDNAも、トカゲのDNAとは、まったく別なモノなのである。
「じゃあ、なぜ、私とナギがこの世に生を受けたの? 人と蒜壷のDNAが違うのなら、私とナギは、この世に生を受けてこなかったはずよ」
《それは……》
 那美とナギの父である千寿が、龍の蒜壷だということは以前述べた。
 架空の動物とされていた龍と、人が交わって、はたして子孫が残せるものだろうか?
 奥津鏡が、かろやかな音を鳴らした。
《那美さま、急ぎましょう。奴らがAHOから情報を盗みだす前に》
「情報!? 人は蒜壷の身体を調べても、蒜壷のことは分からないのでしょう?」
《人には分からなくても、蒜壷には分かることがあります。洪暫も必死ですから》
 蒜壷一族の長、洪暫は、なんとかしてわが一族にかけられた千寿の呪い、日光の下では長時間生きながらえることができないという呪縛を取り外したかった。
 那美の持つ十種神宝で、それを取り除こうとしているが、蒜壷の身体を調べ上げた人類の科学力で、それができないかとも思っている。
 奥津鏡が、また、かろやかな音をたてた。
《那美さま、気づきましたか》
 呂騎が、那美の視線を奥津神に促した。
《このN島と呼ばれる島は、昔、蒜壷のものがオノゴロ島と呼んで、敬っていた島です》
「オノゴロ島!?」
 那美は両手で、奥津鏡を握りしめた。

                          = 第四十九回に続く =


にほんブログ村




スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 自作小説
もくじ  3kaku_s_L.png 市民劇場 裏話
もくじ  3kaku_s_L.png 命の輝き
もくじ  3kaku_s_L.png 映画鑑賞記
  • 【餓鬼狩り (第四十七回)】へ
  • 【餓鬼狩り (第四十九回)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【餓鬼狩り (第四十七回)】へ
  • 【餓鬼狩り (第四十九回)】へ