自作小説

餓鬼狩り (第六十七回)

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                     餓鬼狩り   (第六十七回)


 砕け散った硬質ガラスの向こう側の室内に入る。室内は低温に保たれていた。寝台に横たわっている伽羅の体のいたるところに、赤、青、黄色のチューブが差し込まれている。チューブの先端部は、巨石のオブジェを思わせるような機械につながっていた。
 周辺を見てみると、伽羅が横たわる寝台から数メートル離れた場所に、ホルマリン漬けされた奇怪な姿の動物たちの死体が数十体あり、その容器から出ているチューブの先端部もまた、巨石のオブジェを思わせるような機械につながれていた。
 奇怪な動物たちの死体は、遺伝子操作で、そのような形にされたのであろうか。ネットなどの情報媒体で紹介されている羽のないニワトリ、遺伝子組み換えされたトウモロコシを与え続けた結果、ピンポン玉大の大きな腫瘍ができたマウス、赤や緑色に光るオタマジャクシなどの映像を、想起していただければ少しは想像できるであろうか。
 本来のあるべく姿を持たないマウスやイヌやネコ、サルなどの奇怪な生物の死体が、そこにホルマリン漬けされていたのであった。
「僕たちが、こんな実験動物と一緒にされるとはね。世の中も変わったもんだな」
 ナギが言う。
「ナギさま。伽羅は大丈夫でしょうか?」
 琥耶姫が、愁いを帯びた瞳で、伽羅を見た。
 人狼の伽羅は、化身を解いた本来の姿でそこに横たわっていた。人狼の蒜壺伽羅は、ピクリとも動かない。
「ダイジョウブカ? ダイジョウブナノカ、キャラハ?」
 刻が、羽を羽ばたかせて、伽羅が横たわっている寝台の上に乗った。
「強烈な麻酔薬で眠らされているだけだよ……。そこから離れて、いま伽羅を起こすから」
 ナギは、瞳をオレンジ色に光らせた。
 伽羅の体のいたるところに差し込まれているチューブが弾け飛ぶ。ナギが念動力を使い、伽羅の体からチューブを引き抜いたのだ。
「無茶しちゃあいかん! 臓器に直接つながっているチューブもあるんだぞ」
 関川が叫ぶ。
「伽羅は人狼の蒜壺。こんなことでくたばる男じゃあないよ」
 と、ナギが言う。
「しかし……」
 関川にとって、いや組織AHOにとって伽羅は、やっとのことで手に入れることができた貴重な試験体である。死なれて塵になってしまったら、続けてきた実験が無駄になるかもしれない。
「琥耶姫、そいつを放していいよ。あとはこいつで縛り上げるから」
 ナギは、瞳をオレンジ色に光らせた。琥耶姫が、関川を放す。関川が、よたよたとよろめくと、床に無造作に散らかっていた数本のチューブが、うなりをあげて、関川の体を縛り上げた。
「おい、伽羅。いつまで寝ているつもりだ」
 ナギが、伽羅の額に右手の手のひらをあてた。数秒後、伽羅が、鼻から息を吐いて目覚めた。半身を起こし、体のいたるところから流れている体液におののく。
「なんだ? これは」
「人間どもの暴挙さ……。ここにいる奴らは、君の体にチューブを差し込み、いろいろ調べていたのさ」
 と、ナギが言った。
「おまえは……。那美!?」
 伽羅は、驚愕した。那美が目の前にいる。俺を翻弄し、組織AHOの手に落ちるきっかけを作った女がここにいる。
「おのれっ! 那美。こんどこそ……」
 伽羅は、ナギに跳びかかろうとした。
「おやめ! その方は那美じゃあないよ」
 琥耶姫が、制止した。
「那美じゃあない?」
 伽羅が戸惑う。確かに着ている物も違うし、髪型も違う。那美はいつも淡いクリーム色の胴衣を身に着けているが、目の前にいる女は、派手な赤いレーザースーツを身にまとっていた。
「そのお方は、那美の双子の弟ナギさまだよ」
 琥耶姫が言った。
「双子の弟……、ナギだと!? 女でもないのか?」
 伽羅は、しげしげと目の前のナギだという男を見つめた。
(男? 男なのか……。すると、あの噂は本当だったのか……)
 伽羅は、一部の蒜壺一族の間に流れていた風説を知っていた。一族の裏切り者である那美にはナギという双子の弟がいて、一度、那美と戦ったが、破れ、那美の持つ十種神宝の力によって極異界のどこかに閉じ込められているという噂……。
「那美との戦いに破れ、封印されたっていう話だが……」
「僕が負ける? はっはっはっはははっ」
「なにが、おかしい?」
「僕があんな姉に負けるわけないだろう。十種神宝なしじゃあ何もできやしない姉に……」
「負けて封印されたんじゃあなかったのか?」
「僕はね……、知りたかったのさ。父がなぜ僕に十種神宝をくれないで、僕より劣る姉に十種神宝を与えたのかを……」
 那美とナギの父、千寿は蒜壺一族の頭目だった。が、人である弥生を愛してしまい、人を食することを拒み、狂った挙句、弟である現在の頭目、洪暫の手によって殺されてしまった。千寿は気が狂う寸前、人里に棲むオババを訪ね、十種神宝を那美に授けてくれと頼んでいたのであった。
 ナギは、おもしろくなかった。
 なぜ、父は蒜壺一族に秘宝であり、宝でもある十種神宝を、姉に託したのだろう。蒜壺一族随一の能力を持つ僕こそが、十種神宝を持つべきじゃあないのか? 僕なら、十種神宝に隠されている謎を解き、地上にはこびる人間どもを完全に支配下に置くことができるのに……。
「先代の当主、千寿が十種神宝の力を借りて、俺たちに呪いをかけた。俺たちは太陽の下では生きることができなくなってしまった……。ゆえに那美から十種神宝を奪い、それを使えば、俺たちにかけられた呪いは解け、太陽の下でも俺たちは生きられるという話は本当か? もっとも、なぜ、蒜壺一族の当主がそんなことをしたか。俺にはわからねえがな」
 と、伽羅が言う。
「狂ったのさ。人の女を愛したばかりにくるってしまったのさ」
 ナギがそう応えた。
「千寿が洪暫に殺されたとき、ナギたちは赤子だったんだろう。そのとき十種神宝はどこにあった?」
「オババが隠し持っていた……」
 蒜壺一族創性の頃から生き続けていたいわれるオババもまた、那美、ナギと同じように、太陽のしたでも生きていける蒜壺だった。人を襲って食することもなく、人と同じように米や雑穀、魚などを食べて生活していた。
「封印されたのじゃあないのなら、いままで何をしてた?」
 伽羅が話を戻す。
「人の世界に潜り込み、人間というものをじっくり観察していたよ。なぜ、父や姉、オババが、なぜ人を愛するようになったのを知りたくてね」
 驚いたことに、人間の女“弥生”と蒜壺一族の前当主“千寿”の間に生まれたナギは、しばらくの間人間界で暮らしていたという。人間界で暮らし、人間というものが、どういうものなのかじっくりと観察していたのだ。
「それで、どうだった? 人は価値ある生き物だったか」
「単なる蒜壺の餌である人に愛する価値など見いだせるわけない。人は愚かで下等な生き物さ」
「そうだろうな……。人間なんて……、う、う、うぐっうぐぐ」
 伽羅が口から血を吐き出した。
「無理にチューブを引き抜くからだ……」
 関川が言う。
「琥耶姫、伽羅を介抱してあげなよ。おまえは蒜壺一族の癒士だろう」
 ナギが、目配せをする。蒜壺の医者とも呼べる癒士の琥耶姫は、肩から下げているショルダーバッグの中から瓶を一つ取り出した。瓶の蓋を開け、錠剤を数粒取り出した。
「これを飲めば、劇的に回復するわ」
 琥耶姫が、伽羅に錠剤を与えた。
「快治丹(かいじたん)か……」
 伽羅は、黒くて丸いネズミの糞のような錠剤を喉に流し込んだ。
「さてと……。そこの男、伽羅から得たデーターをこちらにわたしてくれないか」
 ナギが関川に言った。
「断る! やっとのことで得たデーターだ。このままみすみす奪われてしまうくらいなら……」
「消却するか?」
「ああっっ」
「そんなこと、君にはできないよ。君の意識は君のものじゃあなくなるからね」
「なんだと……」
「おとなしく、データーを渡してくれないかい」
 ナギの瞳がオレンジ色に光った。


                      = 第六十八回に続く =




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