自作小説

餓鬼狩り (第六十九回)

 ←餓鬼狩り (第六十八回) 
                    餓鬼狩り  (第六十九回)

(それにしても……。早い。ここに来るのが早すぎる)
 ナギは、那美の唐突な出現に戸惑った。
 那美は、ナギを追って地下二階に向っていたはずだ。那美の十種神宝“奥津鏡”が、ナギの屋上へのテレポーションを那美に知らせたとしても、こんなに早くこの屋上に来れるわけがない。
(十種神宝の中に、瞬間移動を可能にする宝があるのか……)
 ナギは、十種神宝の力に脅威を感じた。
 十種神宝のうち、那美が光破剣と呼び使用する八握剣に、瞬間移動を可能にする力があるとは思えない。生命力の源である生玉は治癒効果の宝である。テレポーションの力はない。品物比礼(くさぐさのものひれ)は、身に降りかかる邪を払う神宝であり、蛇比礼(おろちのひれ)は地上、地下からの敵の攻撃を迎撃する宝である。これらにも瞬間移動などという力はない。蜂比礼(はちのひれ)は、空中からの攻撃に対して身を守る宝である。この宝にも瞬間移動という力はない。奥津鏡、辺津鏡は敵の居所や心の中を覗く宝であり、これで瞬間移動はできない。空を自由自在に飛行できる足玉、敵をそこに釘付けにする道反玉(ちがえしのたま)に、その能力があるかと問えば、この二つの宝にも瞬間移動などという力はない。残る一つ、死反玉(まかるがえし)の宝……。
 死者さえも甦えさせることができるこの宝には、まだ誰にも知られていない力があると、ナギは洪暫に聞いていた。
 死反玉。もしかしたら、この十種神宝が……。
「ナギ、極異界には帰さないわよ」
 那美が言った。
「姉さん、ここで戦(や)ろうというのかい」
 ナギが唇を歪ませる。
「あなたが蒜壺一族とともに、人と敵対する限り、私はあなたと戦うわ」
 那美は毅然と言い放った。
「人と敵対!? 笑わせてくれるなよ。僕は人を敵だと思ったことは一度もないよ。人は……。何度も言うけれど、人は蒜壺にとって餌にすぎやしない。そうだろう、姉さん」
「あんた、本当にそう思っているの?」
 那美が問う。
「ああっ……そう思っているよ」
 ナギは声を落として答えた。
「いいえ、あなたは人を餌とは思っていない。幼い頃、人の肉を進められても、あなたは決して口にしなかったでしょう」
「何を言う……」
「喪間(もま)と対決した時のあなたは、人の肉を拒否したはず」
「喪間? あの熊の蒜壺のことか……。そんな昔のことを言っても始まらないよ」
「今は……・いまはどうなの? 人の肉を食べているの? いまのあなたを知ったら、オババは嘆き悲しむはわ」
 蒜壺の先の頭“千寿”と、人間の女である弥生の間に生まれた那美とナギの双子の赤子は、オババに預けられ、人里で幼少期を過ごした。蒜壺一族創成期から生き続けてきたといわれるオババは、辺鄙な山奥の人里で、那美とナギを、十の歳まで人の子として育て上げてきたのであった。
 那美とナギが十の歳を数えたある夜、現蒜壺当主“洪暫”からの使いがオババのもとにやってきた。
 使いの者が言った。
「蒜壺と人の間に生まれた那美とナギ。容姿は人そのものだが、尋常でない力を宿していると見張りの者から聞いている。その力を蒜壺一族のために使ってもらいたい。七日後、また来る。そのときまで極異界に帰る準備をしてくれ」
 二本足で歩く熊の姿をした使いの者は、そう言って、オババの元から去っていった。
 那美とナギに、真実を話さなければならない……。
 傍らで、すやすやと眠っている那美とナギを見つめながら、オババは呻吟した。
 那美とナギは、人として、村人とともに生きてきた。村人も、何の疑いもなく、那美とナギを人の子として扱ってきた。村人の喜びは那美とナギの喜びだったし、那美とナギが笑えば、村人とも笑ってくれた。村人が、那美とナギが実は蒜壺の者と知ったら、どんなに驚くだろう。たとえ、那美とナギが蒜壺と人の間に生まれたものだ、蒜壺とは違うと、諭してみても、村人は那美とナギを受け入れてはくれないだろう。
 人にとって蒜壺の者は恐怖そのものといえる存在なのだ。
 心を痛めたオババは、三日間寝込んだ後、那美とナギに真実を告げた。
 蒜壺のものがどんなものなのか、村人から伝え聞いていた那美とナギは、オババの言った真実を受け入れることができなかった。人を襲い、人を食べる蒜壺一族。当時、十歳だった那美とナギにとっても、それは紛れもない怖れの対象だった。
 自分たちが……、自分たちの血の中に、蒜壺の血が流れているなんて……。
 那美とナギの血が凍った。
 動揺する那美とナギの前に、再び、二本足で立つ熊の蒜壺が現れた。
「那美、ナギ、おまえたちは誇りある蒜壺の者だ。さあ、これをお食べ。昨夜殺したばかりの女の子の肉だ」
喪間と名のったその熊の姿をした蒜壺は、腰にぶら下げていた瓶(かめ)から血まみれの肉を、那美とナギの前に差し出した。
 初めて見る蒜壺のものの異形な姿。目の前に差し出された人の肉……。
 那美とナギの心は崩壊寸前だった。
 オババが言った。
「喪間、この子たちは、人の肉を食べなくても狂うことはないんだ]
「食わんのか。こんなおいしいものを。食えよ」
 喪間は、恐怖に震える那美とナギの口元に、人の肉を押し付けた。
「よしてよ。よしてくれよ。嫌がっているじゃあないか」
 オババが、喪間の腕にぶら下がった。
「うるさい! おまえは黙ってみてろ」
「黙っていられるかい!」
 喪間の暴言に、オババが目を光らせる。
「なんだい。俺とやろうというのかい? やるっていうのなら化身を解きな。化身を解いて大蛇となれ」
 オババは、大蛇の蒜壺の者だった。人に化身して那美たちと暮らしているが、蒜壺の者だということに変わりはない。
「大蛇? オババが蒜壺の者!?」
「なんだ? おまえら知らんかったのか」
「だって、オババは昼でも外に出てるじゃあないか」
 ナギが言った。
「蒜壺の者は夜に蠢きもの者。お日様の下に長くいると溶けてしまうか……。そうだよな。俺たちはおまえたちの父、千寿の呪いのせいで、こんな身体になってしまった。けどな、そこにいるオババは違うんだよ。おまえらと同じようにな」
 喪間がそう言う。
「まさか!?」
 那美は目を丸くした。
「そう、そのまさかだ。オババもおまえらと同じ、蒜壺と人の間に生まれた者さ。だから、あの時、洪暫さまに嘆願したんだろう」
 蒜壺一族現当主洪暫は、兄である先代の当主千寿を手にかけたとき、生後間もない双子の赤子、那美とナギを殺そうとした。その時、オババは双子の赤子の存命を洪暫に願ったのであった。
「明日、この時刻にまた来る。明日が約束の期日だからな」
 喪間は、そう言うと闇夜に出て行った。
 翌夜、先日と同じ時刻に喪間はオババと那美たちが住むあばら家にやってきた。
「昨日の女の子の肉はうまかったか?」
 喪間は、あばら家に入ってくるなり、そう言った。
「よくも……。よくも……。よくも、さっちゃんを殺したな」
 ナギが言った。
「なんで、さっちゃんが死ななくちゃあなんないのよ」
 那美が泣き叫ぶ。
「喪間。おまえが手にかけた女の子は、この子らの友達だったんだよ」
 オババが言った。
「友達? 笑わせるな。人は俺たちの食べ物だろう」
 喪間は笑い転げた。
「許さないわ!」
 那美が、喪間を睨みつけた。
「許さなければ、どうする? この俺とやろうというのか」
 喪間は、那美とナギの双子の力を侮っていた。見張りの蒜壺の者から、二人には尋常でない力があるとは聞いてはいたが、熊の蒜壺である自分が、十の歳の双子に負けるわけがないと思っていた。
「姉さん、あの力を使ってもいい?」
 ナギが聞く。
「いいわ。二人の力を合わせれば、こんな奴なんて」
「おやめ! まだその力を使うには早すぎる」
 オババが那美とナギを制止しようとしたが、那美とナギは、その力を解放した。

          
                   = 第七十回に続く =

PS、第31回 釜石市民劇場の演目が、小生の作品に決まりました。
   詳しくは、後日にまた!


にほんブログ村





スポンサーサイト


もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 自作小説
もくじ  3kaku_s_L.png 市民劇場 裏話
もくじ  3kaku_s_L.png 命の輝き
もくじ  3kaku_s_L.png 映画鑑賞記
  • 【餓鬼狩り (第六十八回)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【餓鬼狩り (第六十八回)】へ