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自作小説

餓鬼狩り 第二部  (第九回)

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                餓鬼狩り   第二部 (第九回)

 憑依……。憑依とは、一体どのような現象のことを指す言葉なのだろうか?
 生きている人間に、霊などがとり憑く、または乗り移ることを、憑依、あるいは憑き物と呼び、魂に善なる霊が宿った時は神降ろし、神宿りとして人々は、驚きと喜びを持って迎い入れ、狐や犬などの低級な動物霊や、悪魔が憑いたとみなされる悪霊、悪魔憑きが、人の魂を乗っ取ると、人は恐怖に慄く。
 これから起こる蒜壺一族による憑依は、有史以来世界各地で見られた憑依現象をはるかに超えたものとなるだろう。
 人類……。いや、すべての生き物の生と死の垣根のはざまを、根底から覆すものになるかもしれない……。

 それは、昭和の人柱事件として、世を騒がせたH県山奥の荒蕪トンネルから始まった。
 昭和四十六年、H県山岳部を襲ったマグニチュード7を超す大地震は、山間部の土砂を崩し、樹々をなぎ倒した。山間を通る国道は、地割れによって、各所で寸断され、谷を流れる河川のいくつかは、崩れ落ちてきた土石流で埋まってしまった。 
 針葉樹が生い茂る標高三百メートルにある荒蕪トンネルでは、地震によってトンネル内を照らす照明ライトが全壊し、いたるところで、トンネル内部を覆う壁が剥がれ落ちた。地震によってできた亀裂から大量の水が出、あふれ出た水は河川となって道端に流れ出たという。
 あふれ出たのは水だけではなかった。
 余震が収まり、あふれ出た水が引いた後、トンネル内の様子を見に来た県の職員たちは、剥がれ落ちた壁の中から信じられないものを発見した。
 昭和の初め、荒蕪トンネル工事のために、駆り集められて、過酷な労働のために病気や怪我で死んだ者や、あるいは見せしめのために、そこに埋められた労働者の数十体にも及ぶ人骨が、そこから発見されたのだ。
 当時、難事業と言われた標高三百メートルにある荒蕪トンネルの工事は、再三起こる土砂崩れや、壁の崩落、ガス漏れなどと常に戦わなければならなかった。
 危険が伴う工事のため、労働者が集めにくかったが、高い報酬が得られるという人買いの言葉に騙されて、ここに来た者、仕事にない者、どこにも行く当てのない者、脛に傷がある者などが、全国から集められ、一度入ったら、もう二度と出ることが叶わないといわれるタコ部屋に強制的に入れらたのであった。
 一日、十五時間にも及ぶと言われた過酷な労働と、握り飯だけの食事は、労働者の身体を蝕み、強健でならした男たちも、やがて疲れ果てていった。過労で倒れるものが続出し、逃亡を企てるものも出た。逃げた者の大半は捕まり、見せしめのために、生きたまま、トンネル内の壁の中に人柱として葬り去られたという。
 生きたまま人柱にされた人々の怨念が招いたのか、それとも当時の悪意がそのままそこに残っていたのか。
 蒜壺一族が惹き起こしたと思われる憑依現象は、荒蕪トンネルを通った二台の観光バスから始まった。
 平成X年九月九日。全国紙の新聞紙上に奇妙な見出しが載った。
“乗客全員発狂!? 暴徒と化した人々”
 新聞紙上によると、九月八日の午後二時ごろ、荒蕪トンネルを通過した観光バス二台が、トンネル通過後、五十メートルも行かないうちに停止し、停まったバスの中から、気が狂ったとしか思われない人々が出てきたという。道路上にあふれ出た人々は、人語とは言えない訳の分からない言葉で、わめき散らし、互いに罵りあい、着ているものを自らの手で引き裂いた。
 後続のクルマが、路上に溢れている狂ったとしか思えない人々の群れに驚き、クルマを停止させると、暴徒と化した人々は、後続のクルマに乗っていた人を襲ったという……。
 その三日後、S県南部にある等々力岬というところで同じような事件が起こった。
 切り立った断崖が入り江に食い込むようにそびえたつ等々力岬は、風光明媚な岬で、観光スポットとしても有名だったが、自殺の名所としても世間に知られていた。
 等々力岬の先端に立つと、死にたくもないのに、ここから飛び込んでしまえと言う思いが湧き起こるという。
 そのため、等々力岬の先端は立ち入り禁止にされ、常に監視カメラが可動しているが、それでも立ち入り禁止の柵を乗り越えて自殺する者が後を絶たなかった。
 一年に百を超す自殺者を出す等々力岬。
 この岬で自殺し、地縛霊になった自殺者の霊が蒜壺一族の悪意に力を貸したのであろうか。いや、蒜壺一族が自殺の名所という等々力岬にとり憑いている因縁というものを利用しようとしただけなのだろうか?
 等々力岬の先端から歩いて十分ほどにあり等々力岬レストハウスで、それは起こった。
 午後十二時三十分。昼時を迎えた等々力岬レストハウス中のレストランは、日曜日ということもあって数十名のお客であふれていた。楽しそうに食事をとる親子連れや、幸せそうな恋人たち、ツーリングで来たのであろうか革のつなぎを着た若者たちが思い思いに休日を楽しんでいた。
「おい、知っているか。ここ自殺の名所なんだってよ」
「あん!? 自殺の名所だって!? それがどうした。俺達には関係ないことだろう」
「そりゃあ関係ねえが……この頃、何かと物騒だろう」
「なにが……」
「人が狂って暴徒と化したりしてさ」
「ああっ、あれか? 荒蕪トンネルで起こった事件(やつ)だろう。人が人に噛みついたって!? 」
「まるで、ゾンビだよな、そいつら」
 レストハウスの入り口付近に陣取った若者のグループが、荒蕪トンネルで起こった事件をダシに話している。大人ぶってはいtるが、おそらく高校生だろう。人の目を気にして髪形を直したり、首にかけたアクセサリィーをもてあそんだりしていた。
「俺たちも狂うか。狂って、ここでHしたりして……」
 サングラスをかけたリーゼントの男が、隣に座っている赤毛の女に流し目を送った。
「いやぁねえ~ ふざけないでよ」
 赤毛の女は、人差し指で、軽く男をいなすと、四人組のグループが、出されたサンドウィッチをほうばりながら笑い合った。
 若者グループの向かいのテーブルに異変が起こった。テーブルいた家族連れの三十代だと思われる父親と母親が、突如、痙攣を起こし、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。五歳ぐらいの男の子と、七歳ぐらいだと思われる女の子は、驚いて立ちすくんでしまう。
 何が起こったのか分からない。何の見返りも求めない唯一の保護者が、目の前で、前触れもなく倒れたのである。
 数分後、覚醒した父親と母親は、人が違っていた。
 意味不明な言葉を、わめき散らし、隣のテーブルにいる老夫婦の手足に嚙り付いた。
 等々力岬レストハウス内は、騒然となった。慌ててウエルターやウエイトレスが、老夫婦と兇徒と化した男と女の間に入ったが、騒ぎは収まりそうもない。それどころか、近くのテーブルでも同じようなことが起こっていた。
 中年の夫婦が、突然卒倒したかと思ったら、数分後に立ち上がり、人々を襲い始めた。女子大生だと思われるグループが、口から泡を噴いて倒れたかと思ったら、数分後に立ち上がり、恐れ、慄く人々の手足に噛みつき始めたのであった。
「おいおい、何だ? なにが起こっているんだ?」
 革のつなぎを着た若い男が、同じように革のつなぎを着て、リーゼントをした男に聞いた。
「わ、分かんねえけど……。やべえことが起きているのは事実だぜ。こいつはかなりやべえよ」
「やべえことってなによ? 隆、おまえ分かるか?」
 革のつなぎを着た男が、髪を金色に染めている男に聞いた。
「オレに聞いたってわかんねえよ。おい、順子、分かるか?」
 順子という女の子は、ニヤリと笑うと、隆に突然、噛みついた。いや、順子という女の子だけではなく、リーゼント男の傍らにいた赤毛の女の子も奇声を発し、男たちに襲いかかった。
 二人の女の子は、その姿形も変わり果てていた。
 口が耳まで裂け、目が吊り上がっていた。奇声を発する口元から黄色い涎を流し、汚泥のような臭いを口元から醸し出していた。長く伸びた鋭い爪で、男たちの顔を引っ掻き、カエルのように跳んだ。
「おまえ……。本当に順子か!?」
 リーゼントの男が言った。
 順子という女の子は、一瞬にしてその豊かな髪の毛が抜け落ちたようだった。耳元まで裂けた口からサメのような牙が見えていた。およそ人間技とは思えない跳躍を見せ、頭上から、サングラスをかけたかつて友人だった男の頭に嚙り付いた。
 辺りを見渡すと、姿形さえも変わったのは、この二人の女の子だけではなかった。
 少なくとも、十人をくだらない人間が、人間とは思えない容姿に変わり果てていたのだ。
 急報を聞き、警官が駆け付けた時には、狂人の群れは、外に溢れ、次の獲物を探し求め、警官隊に殺到した。

 二日後、警察庁。地下五階。組織AHOの一室に、那美と呂騎、室緒、村中、高橋、荻隊長、関川、五十嵐参謀と大野が、U字型の机を囲み、スクリーン上に展開される画像を見入っていた。
「始まったな」
 と、大野が言った。
「この画(え)を見る限り、人の姿のままの蒜壺もいるし、そうでもないものもいる」
 荻隊長が、鼻で笑う。
 スクリーン上に投影されている画像は、等々力岬レストハウスで起きた事件を撮影したものだった。蒜壺一族に憑依され、狂人と化した人々がそこに映し出されていた。
「荒蕪トンネル事件の時は、遅れをとり、撮影することができませんでしたが、今回の場合、前もって警官隊の中に、我々のチームを潜入させていました」
 と、室緒が言った。
「荻隊長、君が指揮をとったんだろう?」
 大野が聞く。
「ああっ、俺が指揮をとったよ」
 等々力岬レストハウスでの事件発生の急報を受けた荻隊長ら数名の組織AHOのメンバーは、ヘリで現場に到着すると、あらかじめ連絡を入れえていた警官隊の指揮者と連携し、攻撃を開始した。警官隊を下がらせた荻隊長ら組織AHOのメンバーは、麻酔弾を使用し、狂人と化した人々を眠らせたのである。
「いくら蒜壺のものが憑依していると言っても、人の姿をしている奴に麻酔弾を撃つとは思わなかったぜ」
 荻隊長が、鼻で笑う。
「僕は、撃てなかった……。だって、相手は我々と同じ人間でしょう。心が乗っ取られたといえ、人を撃つなんて……」
 村中が目を泳がした。
「甘ちゃんだな。そんなことだから、毒虫に刺されるんだ。現実を見てみろよ。心を乗っ取られ、姿形さえも変わった奴がいるんだぜ。そんなことを言っていたら命がいくつあっても足らなくなる。わあるかい、ぼうや」
 荻隊長が、指さした。
「そんなこと言ったって……」
 村中は、言葉を詰まらせた。
 N島での蒜壺一族との戦闘中に、毒虫に襲われ、九死に一生を得た村中は、ちょっとしたことで、不甲斐ない自分を責められると、こんなことで、これからやっていけるのだろうか。足手まといになって、みんなに迷惑をかけてしまうのではないだろうかと、思うことが度々あった。
 村中は、視線を下に落とした。
「おそらく、狂人と化した人々に憑依したものは、あなたがたがBシリーズと区別している餓鬼と呼ばれるものでしょう。けれど、憑依された人々の中には、Aシリーズの蒜壺もいるはずです」
 と、那美が言う。
「この中に、伽羅や琥耶姫、惟三のような知能の高い蒜壺も混じっているというのかね?」
 五十嵐参謀が聞く。
「ええっ……。N島の施設に収容された荒蕪トンネルの被害者の中にも、Aシリーズの蒜壺がいましたから」
 那美は目を閉じた。


                    = 第二部 第十回に続く =




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