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自作小説

愚痴る!? 4

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 愚痴る!? 警備員宗一郎、殺人事件に巻き込まれる


                           4、

 事故現場は騒然としていた。
 人身事故らしい。大きな事故だ。救急車を呼んだのかという、どら声が響き、何人、やられた? と、いう大声が周辺を飛び交っている。現場は人通りの少ない山沿いの県道だが、蜂の巣をつついたような動揺と混乱が、辺りを包んでいた。
「なんで、こんなことになったんだ!?」
 先ほど、宗一郎たちに声をかけた現場監督らしい男が、同僚の肩を揺すっている。肩を揺すられた男は、しどろもどろで目を泳がせていた。そこから逃げ出したいのだろうか、ぎこちなく、首を左右に動かしている。
「ピタリングは? ピタリングはあったんだろう」
 現場監督らしい男が言う。
「ええっ、それはすでにおいておきましたけど……」
 目を泳がせていた気の弱そうな男が答えた。
 ピタリングとは、円形状の黄色いマットタイプの輪のことだ。五個連結一セット、工事現場前の道路に数メートルにわたって設置される、通過車両用安全対策用具である。ピタリングを道路上に設置することで、視覚、通過における振動などで、ドライバーに注意を喚起させるのだが……。
「安全標識も、電光掲示板も、設置ずみでした……」
 その安全表示板も、電光掲示板も、事故に巻き込まれたのか、ガラクタ同然の無残な姿で、路上に投げ出されていた。もはや、どんな修理を施しても使い物にならないだろう。その傍らで、車に跳ね飛ばされたのだろうか、三人の作業員が、血だらけで、路上に倒れていた。仰向けに倒れているの二人の作業員は、苦しそうにうめき声を上げている。残り一人が、うつ伏せで、首が折れているのか、首がありえもない角度を向いて千切れかけていた。もはや、助からないだろう。
 工事現場に突っ込んで来たのは、2021年7月にあまりの人気の高さに一時生産停止したトヨタのラウンドクルーザーだった。路肩に乗り上げた濃紺のラウンドクルーザーのエンジンは、かけっぱなしになっていた。
 その中で若い男が一人、ガタガタと震えている。
 現場は県道だったが、幸いなことに交通量が多い町中を通る道路ではない。市街から少し離れた山沿いの県道だ。民家も少ないため、この時間帯、この県道を通る車はまれだ。が、交通量がまばらなためか、高速で走る車が多い。この濃紺のラウンドクルーザーも、スピードを出して、突っ込んで来たのだろう。十メートルほどのブレーキー痕が道路上に残っていた。
「酷えっー 酷えよー これって、マジ!?」
 西田が、素っ頓狂な声をあげた。
「ああっ、酷いな……」
 宗一郎が確かめるように言った。
 歳をとり、それなりに人生経験を積んできた宗一郎は、過去に何回となく事故現場に遭遇したことがあった。自損事故がほとんどだが、一回だけ、他人が起こした人身事故を目撃したことがあった。目撃した事故は、老人が横断歩道で、車に跳ねられた事故だった。老人は、右足を折る重傷を負ったが、意識ははっきりしており、命には別状なかった。
 宗一郎たちが、いま目にしている事故現場は、そんなものとは比べようもない。人が、一人死んでいる。仰向けの二人の怪我人も相当なダメージを食らっているだろう。ほっとけば、命にかかわるかもしれない。
 犠牲者の仲間たちが、仰向けになって倒れていた二人の怪我人の元に駆け寄り、介抱し始める。二人は、荒い息つぎをするだけで、仲間の呼びかけに答えようともしない。首があり得ない角度で折れ、千切れかけている男の元に駆け寄った仲間たちは、目を閉じて、うなだれていた。
 サイレンを鳴らして、救急車とパトカーがやってきた。あらかじめ怪我人の数を報告していたのだろう。救急車は二台、パトカーは三台だった。救急隊員が救急車から飛び降り、怪我人のもとに急ぐ。「動かさないで」という声をかけ、怪我人から介抱していた仲間たちを遠ざける。もう一台の救急車から、オレンジ色のエアーストレッチャーを担いで二人の救急隊員がやってきた。二人は無残な姿になった遺体のもとに駆けつけ、合掌し、遺体をオレンジ色のエアーストレッチャーに乗せた。
(あの、おっさんにも家族がいるのだろうな……)
 宗一郎は、思う。
 遺体は、宗一郎と同じくらいの年齢の男に見えた。宗一郎は、転職を繰り返し、生活を安定させようとはしなかった。ゆえに、結婚をしようと、考えたことがなく、異性と深くつきあったこともない。家族といえるものは、他県に嫁いでいった妹が一人いるくらいだ。だからというわけではないが、自分には家族を持つという概念がないのではないかと、思うときが、たまにある。けど、オレンジ色のエアーストレッチャーに乗せられた男には、妻がいて、子供が居るのだろう。だとすると、事故で大黒柱を失った家族は、どうなるのだろう。加害者が入っている保険会社から、お金が入ると思うが、家族の受けた衝撃は、そんなもんで収まるものではないと思う。
 警察官が、ラウンドクルーザーの中から、若い男を、文字通り引きずり出した。五分刈りのその若い男は、ガタガタと震えていた。
「この野郎~ 酒を飲んでいるな!」
 警官の怒鳴り声が、ここまで響いた。
 酒酔い運転での人身事故。重大な犯罪だ。酔っ払い運転で、人身事故、それも死亡事故をおこした場合、違反点数55点が加算され、免許を取れなくなる期間、いわゆる欠落期間が、7年という罰が与えられる。裁判が行われ、懲役刑が確定され、被疑者が公務員だった場合、事故など起こさなくとも、酒気帯び運転をしただけで、懲戒免職処分になることも多く、民間の会社でも、解雇、またはそれに準ずる処罰を行うことがある。
(そういえば……俺も若い頃、酒気帯び運転で捕まったことがあったな)
 宗一郎は、目線を下に落とした。
 その時代、酒気帯び運転の罰金は、五万円だった。免許も取り消しにはならず、宗一郎は、90日の免停をくらうだけですんだのだが……。
「今日は、よく事故に遭う日ですね」
 西田が言った。
 朝、この現場に着く前に、会社から、相沢さんが事故を起こしたという連絡が入っていた。
「相沢さんでしょう。それと、堀田組。どっちも俺には関係ねえけれど……」
 西田が、他人事のように言う。いや、実際ひとごとなのだ。
「年に、何件の割合で、交通事故が起きているんだろう。分かるか?」
 宗一郎が言う。
「はん? なに言っているんですか十全さん。そんなこと、俺に分かるわけねえだろう。そんなこと知っていても意味ねえし……」
 確かに、そんな知識を知っていたところで、どうなることでもない。自慢にもならないし、知ったかぶりしやがってと、嫌がれるだけだ。
 2021年度の交通事故発生件数は、30万件を超えた。この数字が多いか少ないかは、宗一郎には判断できないが、年々数字的には、交通事故は、減少しているらしい。けれど、現実に、30万を超える交通事故が起こって、約2600人の人間が亡くなり、その十倍の26000人の人が重軽傷を負っているのだ。
 だから、それがどうした? 十全さんには、なんも関係もない話しでしょう。と、隣にいる西田に言われそうだが、毎年、いやこうして雑談しているときにさえ、交通事故が起こり、人が亡くなっている。現に、この場所で、人が一人、死んでいるではないか。
「そういえば、十全さんって、作家を目指していたんだっけ?」
 西田が問う。
「だから,そんなこと言うんでしょう。年に何件、事故が起きているかなんて……普通の人は、そんなこと聞かないよ」
 宗一郎は作家になりたかった。作家に憧れ、作家を目指し、二十代の頃は、アルバイトをしながら作家養成の通信教育を受けていた。三十代になると.その頃まだ生きていた両親が、口うるさく、ちゃんと就職しろと言うので、就職を考えたが、三十を超えた、それも三十代後半の宗一郎に、ろくな仕事はなかった。
 が、食うためには稼がわなくてはならない。
 お金のために、口が重い宗一郎には苦手だと思われる、訪問販売のセールスをやったり、夕食が出るというので、パチンコ屋の店員などをやったのだが……。
 どうしても、作家になるという夢を諦めることができなかった。
 宗一郎は、職業を転々と変え、いまの「大手警備会社」に就職したのだ。

                   = その5に続く =

 

 
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