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自作小説

愚痴る!? 19

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    愚痴る!? 警備員宗一郎 殺人事件に巻き込まれる

                      19、

 明美さんは、幸ちゃんの葬儀の時、激しく慟哭していた。
 愛する人や、親しくしていた人間が亡くなれば、悲しみに打ちひしがれてしまうのは当然のことだと思う。が、明美さんのそれは、あまりにも際立っていた。お坊さんの読経が始まると、獣のように泣き叫び、全身を震わせて、大粒の涙を流し、何度も、「幸ちゃん、ごめんなさい。幸ちゃん、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」と、言い続けていたのだ。あまりにも凄まじいので、葬儀に同席していた佐藤さんと、相沢さんが、二人で、泣き叫ぶ明美さんを、葬儀会場の外に連れ立った。
 たとえようもない悲哀や絶望は、人に生きる希望を失わせるほどに、心を傷付けるというが、これほど激しいものなのだろうか?
 肉親や友人が何かの理由で、目の前から、いきなり消えてしまったら、誰しも、深い悲しみに襲われ、喪失感を味わい、うろたえるだろう。それが、人の感情であり、人が人としての、あるべき姿なのだが、明美さんの、この感情はなんなのだろう。親愛なる人を失った悲しみとは別に、自分の犯した過ちを責めているような、痛烈な感情が明美さんから発せられていたのだ。
思えば、西田の葬儀での明美さんの様子も、おかしかった。
 焼香の時、ふらりと立ち上がった明美さんは、どこか、おどおどしていた。葬儀会場を、ゆっくりと見渡し、長いため息をついて茶色の線香を右手でつかむと、下の床に落としてしまった。かがみ込んで、茶色の線香を拾おうとしたが、そのまま、床に両膝をつき、しばらく、そこから動こうとはしなかった。やがて様子が、おかしいことに気付いた若い寺の二人のお坊さんに抱えられて、立ち上がったが、あの時、明美さんは、何を思っていたのだろうか?
 明美さんと、昔から交流があった幸子ほどではないが、西田も、また、明美さんにかわいがれていた。ジョークを飛ばし、じゃれ合う、西田と明美さんの姿は、大手警備会社K支店において、一つの清涼剤ともいえた。
(明美さんに、とって、西田はどういう存在だったのだろう)
 流 幸子の葬儀が終わった後、そんなことを考えながら、宗一郎が、駐車場に行くと、明美さんと、偶然、出会った。
 明美さんは、泣き疲れたようで、足下をフラフラさせながら、歩いていた。
「明美さん、大丈夫ですか」
 宗一郎が、声のトーンを下げて、気遣った。明美さんは、宗一郎のことを、ぼんやりと見ていたが、やがて、おもむろに話し始めた。
「十全さん……。あなた、幾ちゃんから、幸ちゃんの遺品、もらったんでしょう?」
 宗一郎は、受付で、来場者名簿に自分の名前を記入するとき、幾代から紙袋を手渡されていた。中身を幾代に問うと、幸ちやんが生前、愛読していたミステリー小説の文庫本だという。
 幾代は、紙袋から文庫本を取り出して、言った。
「この本、幸子が大事にしていた本……。十全さん、もらってくれますか?」
 本は、江戸川乱歩の本だった。
「あの子、子供の頃から探偵小説が好きで……。十全さんも好きなんでしょう。いつか明智小五郎みたいな探偵が出てくる小説を書きたいと言っていたじゃあない」
 宗一郎と乱歩との出会いは、宗一郎が中学一年生の時だった。明智小五郎と少年探偵団の活躍に、心を躍らせた。あれから、そうとう年月が流れているが、乱歩の小説と出会った時の衝撃は、忘れたことが無かった。
「よく、オレが乱歩が好きだったことを覚えていたな」
 宗一郎が言う。
「日曜日に十全さんの家に遊びに行ったとき、帰り際に、言ったでしょう。オレ、乱歩が好きなんだ。それで作家を目指していたけれど、いまじゃあ、このざまだって言って、笑ったじゃあない」
 確かに、そう言ったのを覚えている。
「幸子も、乱歩が好きなの。だから……」
 幾代は、そう言って、涙ぐんでしまった。
 幸子の葬儀が始まる前に、幾代と交わした幸子の思い出。明美さんは、どこかで、あの光景を見ていたのに違いがない。明美さんは、何を思ったのだろう。
「いいわね、十全さんは……。みんなから慕われていて……。西田くんの遺品も、もらってあるんでしょう」
 明美さんが言う。西田の遺品というのは、旧い型のウォークマンのことだ。
「訊いているわよ。西田くんの母さんと、妹が、わざわざ十全さんの家に来て、渡したっていうじゃあない。あんただけ、いいわね、若い人から慕われて」
 明美さんは、恨めしいそうな瞳で、宗一郎をねめつけた。
 暖かい光を灯した人の瞳じゃあない。どちらかと言えば、爬虫類の冷たい闇の光を宿した瞳だ。
(な、な、なんなんだ)
 宗一郎は、不覚にも取り乱してしまった。
 ここにいる明美さんは、いつも冗談や軽口で、辺りを和ませている明美さんでは無かった。別人ではないが、明美さんの殻を被ったまがいものにも見えた。表面を覆っている肉の殻を剥ぐと、蛇に似た人間大の怪物が、そこにいるのではかと……。
 明美さんに、何が起こったのだろう。葬儀中に取り乱し、会場から連れ去られてしまった明美さん。葬儀会場の駐車場で、宗一郎に絡んできた明美さん。大手警備会社K支店で、張り切って、仕事の手配をしていた明美さんの姿は、そこにはない。
 宗一郎は、普段、決して見ることがない明美さんの姿を、そこに見ていた。
 その明美さんから、喫茶「若葉」にいる宗一郎の元に電話があった。
 日曜日の、この時間帯に大手警備会社K支店に話があるから来てくれと言うのだった。
 宗一郎は、緑色のジャンパーから携帯電話を取りだし、時刻を確認した。
 午後七時半……。
 この時間に、会社に来てくれということは、よほどのことだろう。
 西田と幸子のことについてと言うことだから、二人の事故、あるいは事件について何かを話したいのだろう。
 宗一郎は、喫茶「若葉」の駐車場に駐めてあった軽自動車に、乗り込み、大手警備会社K支店までの道のりを急いだ。


                   = その20に続く =
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